8名のイベント

ある方の紹介でイベントに参加してきた。このイベントはわずか8名による暗闇の中で体験を通じて何らかの気づきを得るものだった。まさに真っ暗闇で何も見えない。視覚障害者の青年がリーダーとなり暗闇のステージを案内してくれるのだ。スタートからゴールまで、まるでお化け屋敷に入場するかのスチエーションの中、みんな配られた杖を頼りに暗闇を散策する。その中はある時は森の中だったり、レストランだったり、おじいちゃんの家だったりする。それは野鳥の声や川のせせらぎの音を感じたり地面にある枯葉を手で触り、竹や松の木を手の感覚で感じる。おじいちゃんの家には座敷があり靴を脱いでおじゃますると
ちゃぶ台の上には色んな野菜があり、鉛筆、ノート、黒電話、麦わら帽子があった。いずれも手の感触でハッキリ解る。帰りには自分が脱いだ靴をちゃんと履けているのだ。真っ暗闇の中だが体の感覚が導いてくれているようだ。最後にレストランでビールを注いでもらったが、ビールの確かな味わいを体験できた感じだった。約70分の散策なのだが参加した8名が視覚が無い変わりに声を出し合い、合図をしながら進んでいくので迷わずにゴールまでたどり着いた。
この体験を通じての気づきは色々あるのだが、暗闇の70分間の中では性格がもろに出る。
そういう意味では自覚が高まった事が一番貴重かも知れない。・人の話を聞かない ・自分勝手な行動をする ・弱いものに対して優しさが足りない等、恥ずかしながら自身の至らない部分が浮き彫りになってしまったのだ。

ライフスタイル

土曜日の早朝にY氏 (3歳からの幼馴染) に自宅まで迎えに来てもらいゴルフ場に向かった。
久しぶりに会ったが相変わらず時間に正確で5分前に来た。少しやつれた顔つきが気になったが元気そうであった。途中で友人2名が同乗して約2時間車中で仕事や家族の話をしていた。
Y氏はこの日に乗ってきた車が新車で購入したらしく300万円もするそうだ。おまけに5年間のローンで購入したと言うから驚いた。以前から聞いていたが彼の一カ月のお小遣いは4万円だという。住宅ローンもあるから家計は楽では無いと思う。彼は新興市場に上場するIT系の中間管理職のサラリーマンなのだが給料は全て奥さんに渡して、朝から夜遅くまで働いて家に帰るのは毎日12時過ぎて寝るのが2時を超えるときもあると言う。負債が資産を圧倒的に上回っていることに何の違和感もなさそうだ。
これが一般的なバランスなのか気になったので他の2人にも聞いてみたが殆ど変わらなかった。
しかし、このバランスだとあと20年は現状のライフスタイルを変えることは出来ないだろう。
ロハスな生活とは対極にある彼らの今の人生が幸せなのか聞いてみたがやはり帰ってきた答えは「環境がそうだからしかたがない」であった。負債のために働くことは決して悪い事ではないが、ゆとりは持てないであろう。資産が無いほうが負債があるよりも人生を楽しめる幅が広がるのは間違いない。
時代は変わったように資産であると信じ込んで購入したマイホームも負債がある間は資産はドンドン目減りしてお荷物に変わっていくと思う。その分楽しむ体験を増やした方が良いと思うのだが・・・
ゴルフは楽しくプレーが出来て皆満足そうであった。

踏み切り

通勤での出来事だが開かずの踏み切りに出くわしてしまった。どうやらJRが原因でダイヤが乱れているためのようで電車がゆっくりと前方車両との距離感を保ちつつ後方からも次々にやってくる。
普段でもこの踏み切りはバーが降りてから電車が来るまでの時間が長く感じる。駅の近くだからか、待つ時間が長いのだ。そんな場所なのでその日は本当に閉まりっぱなしだったのだ。あまりにも酷いので
歩いて待っている方の殆どがバーをくぐって渡っている。
バイクに乗っていたある男性はヘルメットをはずし苦笑いでタバコを吸っていた。時間が経過するごとにその男性の顔つきも険しくなり忍耐も限界点に達しているようだった。
私はOK牧場を宣言し実行を心がけていた為に時間で20分は待ったと思うが以前のような怒りに満ち溢れJRに電話で文句の一つや二つ言いたい気持ちではなく、今回はテープを聞きながら実に平静を保てたのである。しかし、このようなダイヤが乱れた時には普段待ち時間が長い踏切では本当に開かなくなってしまうのだ。実際に電車が来るまで、なぜそんなに早く踏切が閉まるのか不思議でならない。
そもそも各場所で踏み切りの閉まる時間が異なるのはなぜなのか。踏み切りが閉まっている時間を短縮することで事故率があがるのだろうか。私は逆のような気がしてならない。
まだかまだかと待っていてストレスが充満するよりは臨機応変に遮断機の開閉が出来るようになって欲しい。

OK牧場

「イワンのバカ」という小説をお読みいただいた方は解ると思うが、ある農村に住んでいたイワンは辛い農作業を依頼されたり、食事を分け与えるように依頼されると、それらを全て解ったと受け入れる。
何でもOKなので回りからはバカと言われるが最後には王様になると言う話。
この小説の掴みは受け入れ度合い、または、自身の感情のとらわれを手放す、あるいは気に入らない事を包含することだと思う。最近自分自身に置き換えて見て観察している。そしたら何と駄目出しの多い事か驚愕してしまった。ちなみに自宅に居るときは子供たちのゲームやテレビに駄目出ししたり部屋の掃除の仕方に駄目出ししたり、妻の料理に駄目出ししたり、外食に出ると注文が遅い、味付けが薄い、メニューが少ない、愛想がない、仕事の最中は部下の提案に駄目出し、優先順位、状況判断力に駄目出ししたりと、実にOKを出している事が少ないのに驚く。ガッツ石松のOK牧場ではないがOKと認めて受け入れる度合いが広いと小説のイワンのような争いごとや悩みが減少しワクワクしたライフスタイルを送る事が可能になるのではないか。仕事でも部下の貴重な意見をOKする事で成長の芽を摘むことなく発展する機会に恵まれるのではないか。ロハスのような暮らしをしている方々は時間にもとらわれないし、規則にもさほど縛られない自由さがありOK牧場の許容範囲が極めて広いのが見て取れる。
駄目が多いよりOKが多い方が自分も楽しいし相手も嬉しいに違いないのだから。
思えば駄目出しが多い要因の一つとして母親の影響が大きいようだ。躾と称して自動的に親から駄目出しされる事が多かった影響で今も無意識にOK牧場が出せる機会を失っているのだ。
しかし、それは今の事ではなく過去の事だと認識できたことで意識的にOK牧場を出していこうと思う。
もし、受け入れることが出来ないときはそれを観察して、どんな時に駄目出しが多いのかを見出して行きたいと思う。