誕生日

今月の24日で45歳になった。前日から心温まる品々をいただき大変嬉しく感激した。
社員の方々からは硝子アートに寄せ書きメッセージを記したもので、創造的なプレゼントにセンスを感じたと同時に感涙してしまった。
また、身内や関係者の方々からも素敵なプレゼントをいただき、感謝感激の誕生日であった。
今回の誕生日は節目の歳でもあり、今後の人世計画を考えさせてもらえる良い機会になった。
あと20年で引退と考えば必然的に計画的な仕事に取り組むようになる。
個人差はあれど、何か限られた時間を意識させる年齢なのかもしれない。
残された時間はそんなにないと感じている。焦りというよりも危機感に近い感情かもしれない。
この20年で仕事の集大成を仕上げる為のプランを真剣に考えたいと思う。
創業して17年目になるが、この歳まで終わりから考えた事はなかった。
というよりも存続をかけて必死にやってきて、考える余裕もなかったのだろう。
そう言う意味では第二創業期に値するかもしれない。自分の使命が明確になってから5年で天然村事業が本格的にスタートしたが、これについては個人的にも一生涯携わることになると思う。
こんな風に考えられた誕生日は初めてであり、新しいスタートでもある素晴らしい記念すべき日となったのだ。ありがたい。これまでも、これからも、私の周りの人達に大感謝する。

祭り

毎年恒例の地元祭りが行われた。炎天下の中、老若男女が力いっぱい御輿を担ぐ姿はとても美しく映っていた。私は裏方仕事の手伝いを担当した。御近所付き合いがある関係、毎年何らかの形でお手伝いを仕方なくする感じである。
御輿が移動する中継地点に先回りし、水やビール、おにぎりなどの食べ物をセッティングする役目だ。とにかく熱波がコンクリートの道路からも反射するような状態なので、途中で水分補給しないと大変な事になってしまう。裏方のリーダーであるK氏と共にサポートに汗をかいた。
K氏は担ぎ手のプロだという自負がある。今年は父親の喪が明けていないので自粛しているそうだ。本来は担ぎ手の中心人物なのだ。彼いわくビールや酎ハイなどのアルコールは発汗作用がある為、プロの担ぎ手さんは水しか飲まないらしい。
見ていると確かにアルコールよりも水や汁物を好んでいるようだった。
私は彼らの姿を見てある人が言っているのを思い出していた。
御輿を担いでいると周りの観衆がアホに見えてくると。なぜ、君たちはこんな素晴らしい体験をせずに見物しているのかと…
その言葉を思い出させるほど皆生き生きと楽しそうな表情であった。
そんな私の心を察してくれたのか、K氏は私を担ぎ手に送り込んでくれたのだ。最後の方であったが最前列で担いで見たが意外にリズムを取るのが難しい。肩が痛くて、息も上がり数分でクタクタになってしまうほど体力を消耗する初体験だった。
でも、気持ちよかった。何とも言えない爽快な気分にさせてくれる。来年は最初から担ぎ手に回ろうかと思った。

隣の自転車屋さん

出かけるのに自転者を乗ろうとしたらパンクしていた。仕方がないので隣の自転車屋さんで修理してもらう事にした。自宅の隣でありながら、パンク修理を頼むのは初めてだし、私が自転車のパンク修理に出すのも記憶にない程、大昔の出来事だった。
店の主人は外出中だったので奥さんが修理に当たってくれた。
5~6分位で手馴れた仕事のように修理してくれた。お代は1000円なり。
パンク修理でこの値段とは少々驚いた。しかし、今は当たり前の価格なのだろう。私の感覚があまりにも昔のものなので、高いと感じるのかもしれない。しかし、新品の価格は昔と比べてどうだろうか。昔と言っても30年位前の話だが、その頃より今の方が新品の自転車は安くなっているのではないか。
確か大型量販店だと1万円位で広告が出ていたような記憶がある。明らかに30年前と比べ新品は安くなっているが、パンク修理などの工賃は上がっている。人件費がそんなに上がっているかと言えば差ほどでもない。ではどうして自転車屋さんの工賃だけが上昇しているのだろうか。
そんな事を考えながら修理が終わるのを待っていると、2人のお客さんが来ていて、何らかの自転車修理の依頼をしている。お客様の自転車にかかわる仕事は結構あるようだ。
修理は原価が殆んどかからない、手間賃なので数が多いと結構な収入になるだろうし、むしろ新品を売るよりも商売になりそうだ。対応が良ければファンとなってリピート率が高まり、自営業的には他の業種よりも安定的なように思う。
数日前に自転車屋さんの娘さんが結婚するのでうちに挨拶に来てくれた。
親の代から30年以上経つこの自転車屋さん、地味ながらもコツコツ信頼を重ねてきたのだろう。お嬢さまも礼儀正しく、教育も行き届いている感じで幸せそうな家族である。

試食

ゴルフ帰りに関越自動車道のSAに立ち寄った。中に入ると夕方の時間帯ということもあり混雑していた。
私は特に何の目的もないまま店内を見渡していた。
すると、こんにゃく売り場に試食コーナーがあり店員が試食がなくなると補充するといった作業を観察していた。
試食に訪れる人々はコンニャクに醤油をつけて食べているのだが、なかなか購入する人が見られなかった。店員か主人だか定かではないが、汗をかきながら淡々と補充する作業に集中していた。
しかし、みんな試食をするが購入する人がいないのである。それでも補充し続ける姿を見ていてこちらが不安になるぐらいだ。ある一定数をやり続ける事で売れるようになるのか、あるいは試食用のコンニャクは原価が安いのか、そんな事を考えながらしばらくその場にいた。
すぐ近くで見ていた私は一つも売れない様子なので、試食出来ずにいるしかなかった。
試食の人数は多いのだが、食べたら何の躊躇もなくその場を去っていく。
試食の効果には、現実に美味しいと思うから購入する基準を与えるだけでなく、ただで食べる事で購入しないと申し訳ない、あるいは買ってあげよう、というような心理にさせる要素もあると思うのだが・・・
無人の試食では得られない効果があるはずである。
しかし、結局私が見ている時間では全く売れなかった。
特にSAでは衝動買いをする人々が多いように感じる。買わなくていいものまで買っている人を私はよく知っているが、それだけ商材も多いので競争も激しいだろう。
このコンニャク屋さんが気になる。今度寄ったときには必ず試食をしようと思う。