オーケストラ

初めてオーケストラの演奏会に行ってきた。当社の女性社員が演奏をお披露目するとの事で駆けつけた次第である。
私は小学校で習ったはずであろう楽器の名前がほとんど解らずにいた。
彼女の楽器も今だ不明なのだ。大勢で一つの楽曲を演奏する姿を見た時に一人一人の役割がどんなものかもチンプンカンプンだった。
そんな中で登場した人物がいた。一人だけ目立った衣装に身を包み最前列でバイオリンみたいなやつを弾き始めた。堂々とした在り方に自信がみなぎっていた。しかし、30代の女性にしてはふてぶてしさが目立ちすぎる印象が強かった。格上かもしれないがもう少し謙虚な態度を示して欲しい。それに比べ指揮者の方は熟練のなせる技であった。
とは言っても雰囲気は感じられるとして技は私にはさっぱり理解できない。
指揮者の役割は何だろうと考えながら見ていた。指揮棒を振りながら時には両手を使ってリードしているかの様であったが、演奏者達は指揮者の方を見るわけでもなく目の前の楽譜を見ながら演奏してるので、指揮者の方は見ていないのだ。
そうこうしている間に眠気が襲いゆらゆらと寝てしまう場面があった。
一度じっくり女性社員に質問してみたい。
仕事以外にこのような芸術に携わることは素晴らしいと思った。単なる趣味の領域ではなく自らの技術の向上と、仲間とのリレーションシップが養われる事は、家庭においても仕事においても間違いなく役立つ事だろう。

社員旅行

社員旅行で沖縄に行ってきた。あいにくの雨模様の中、マリンスポーツを楽しんだり、食べて飲んで歌ってと思いっきり遊んできた。今回のテーマは自分を思いっきりさらけ出す。宴会で事前に皆からアンケートを取り聞いて見たい質問を一人5つ用意して、人生ゲーム形式に順番でに当たった項目の質問に答えていくゲームをやった。
さらけ出す事がテーマなのでどんな質問にも正直に回答するのがルールで始めた。
ゲームが進んで行くうちに質問が面白くなってきた。不倫体験は?ワンナイトラブ…何人位してました?という具合である。
全く予想出来ない人物がさらけ出しているのを聞いて、驚きと同時にそんな一面を持っていたのかとゲームの狙いが面白く進んで行った。
事業部ごとに仕事をしているとプライベートの話題も少なくなるし、本当の自分を知ってもらうきっかけもないので一緒に寝泊りしてこんなさらけ出しゲームをやったりすると親近感や一体感が出てくる。この企画をした女性社員も目的が達成されたようで喜んでいた。
今回の旅行は皆が色んな気づきがあった様に思う。遊びを共有する事で仕事も発展していく体験をさせてもらった。

復活劇

携帯電話の着信を確認したら久しい方からの連絡だった。
内容は国会議員の元幹事長を励ます会をやるとのお誘いだった。
私はあまり政治家とは接点を求めていなかったがN氏ともご無沙汰だったので出席する事にした。N氏とは15年ぶりになる。きっかけは息子さんを当社に預けて頂いたのが縁の始まりだった。N氏は電機会社を約40年経営されている方で、お会いした当時は経営難に陥っていた。
まずはリストラよりも先に自宅を売却したのだ。普通は担保にして金融機関から資金調達するのだが、N氏はまだ余裕のある段階で先を見据えた手を打っていたのだ。私も自宅の売却に携わった際にN氏の経営スタンスを学んだ。当時よりも今になってその決断のすごさがわかる。
会場に着くと受付に懐かしい顔があった。息子さんとも久しぶりの再会になるが元気そうにお父さんの会社を支えているようだ。
N氏は相変わらず勇敢な風貌で来賓の方々を忙しそうに迎えていた。
座敷に案内されて席に着くと30名位の方がお見えになっていた。
隣の席の方がN氏の顧問会計士だった。お話を聞いているとN氏の会社は飛躍的な発展を遂げていて最近大きな自社工場を建設するまでになったという。
その話を聞いて大変嬉しく思った。当時は自宅を手放すのに家族が辛い想いをしていたのを思い出した。残念な事に奥様はお亡くなりになったそうだが、当時の心境を息子さんからも聞いていたので現在の業績を聞いて本当に嬉しかった。
今回の会も一切の利害関係のない政治家を応援したいという志が伺えてとても新鮮だった。
長く経営をしていると色んな局面に遭遇するだろうが、N氏のような復活劇はとても心強くなる。最後は人間力なのか。私もN氏のような経営者を目指して日々努力していく。

生き様

先月に友人が癌で亡くなって一ヶ月になる。
サラリーマン金太郎のような人物で男のファンが沢山いた人物だった。
その光景を見た時はこの男の生き様を垣間見た瞬間であった。
先週、後楽園ホールで追悼試合が行われた。彼は選手経験はないがボクシングの宮田ジムで創業以来23年間後援会長としてバックアップしてきたという変わった経歴の持ち主であった。
そんな経緯から関係者が企画したイベントだった。世界チャンピオンの内藤選手他、多勢のタイトルを獲得した同ジムであるが、後援会長の支援なくしては成り立たなかったのも事実であるのだ。
場内には内藤選手をはじめ、ボクシング関係者やファンで満席となったホールで全員が黙祷を捧げた。注目すべきは彼は享年43歳であったので実に20歳で後援会長という立場でバックアップしていたのだ。自分の事より目にかけた他人の方へ全力で力を傾ける生き様は、なかなか真似できる事でない。彼と接していると自分にないものがあり、自然と敬う気持ちが出てくる。
他人に対して細かい気配りと行動力。誰に対しても同じ接し方で面倒見がよく、度胸があり肝っ玉がとてつもなく大きい男だった。必ずしも社会的に成功したとは言えないが、生き様は貫き通した。
むしろ、貫き通さなければならない辛さと一緒に生きてきたとも言えるかもしれない。
しかし、彼と共に体験した様々な思い出は皆の心の芯に深く刻まれ語り続けられるだろう。
残された若い奥様と3歳の子供はリングに上がって遺影と共に光り輝いていた。