強気相場のおばちゃん

高くて美味しい店は当たり前にあるが、安くて美味い店こそ価値が高いというものだ。
正にそれを象徴するような焼肉店が銀座にある。

先代から続いて40年になるそうだ。以前から予約の電話を入れるにも叶わず、先日ようやく空きが出て行ってきた。そこは10席程の小さな古い店で店主のおばちゃんが一人だった。気難しそうな風体でいかにも女職人という感じである。

メニューを見ると上カルビとか上ロースというのがなくて全てカルビ、ロース、たん塩、ハラミと言った感じでシンプルメニューになっている。とりあえず、ロース、カルビを注文してビールを飲みながら次に追加しようと考えていた。注文してから肉がくるまで随分時間がかかった。
見てると注文を受けてから肉を切って計りにかけているようだ。

ここのロースは変わっていてユッケのような切り方になっていて、一枚づつ焼くのではなくて一山鉄板に載せて焼くのだ。知らないから少しづつ焼いていると、おばちゃんが寄ってきて「うちのロースはユッケに使える肉だからいっぺんに焼くんだよ」ぶっきらぼうに言った。
続いて、今だから大きな声で言えないけど生でも平気だよと。
実際に生で食べたが格別の味わいだった。何とも言えない肉の旨みが口の中いっぱいに充満している。半生に焼いてもすごく美味しい。これなら追加してみようと。そこでたん塩を注文した時である。
肉はあるが出さないと言う。
呆気に取られて、客が注文したのを断る店があるのかと思った。品物があるのに出さないのだ。理由を聞くとタレ物を食べた後には本来の味が変わるから先に注文しないと駄目という。
これまた驚きである。
注文する前にちゃんとに説明するか、メニューに表示してあれば解るがそれらもなくて出さないというおばちゃんがあまりにも自信に満ち溢れているので、文句の言いようがなく強気相場で商売をやっている姿勢を認めざるを得ない状況だった。しかし、こうなるとたん塩が惜しくて仕方がない気持ちになる。
食べたいがおばちゃんの方針に従わざるしかない。
気持ちを切り替えてハラミを注文した。これも絶品だった。霜降りが適度な状態で実に素晴らしい。どの肉も仕込みの段階で特製ダレに漬けておいてるので肉に染み渡っていて、焼いた後に別のタレで食べるから余計に美味しいのだ。
先代から伝わる調理法だそうだ。

私も紹興酒を何杯か飲んで酔っ払ってきておばちゃんに話しかけたりした。
肌が綺麗ですね。褒めてあげるとご機嫌になってきておばちゃんも日本酒を飲み出した。身の上話しまでに発展して仲良くなった。
おばちゃんは一人でやっているので寂しいのだろう。気難しい女職人が満面の笑みになって喋っていた。