企業文化

先週N証券の新人営業マンから購入した新規上場株は予想を大きく下回り初日は公募割れとなった。
私は彼から説明を受けていた予想の数値とは大きなギャップがあったので気持ちを切り替えて損切りを決めていた。
当初から利益が出ても損失だったにしても初日に売りを決め込んでいたのだが、彼と連絡が途絶えた。
3時間近く連絡が取れず翌日に持ち越しとなってしまった。

ようやく彼から連絡が入り事情を聞くと、私に連絡したけど繋がらなかったと言う。
何と言う言い訳をするのかと、私はがっかりし彼に失望した。
彼の立場からすれば絶対に儲かるからという勧誘をしたのもあるので、連絡が取り難い気持ちもあったのだろう。

しかし、連絡もしてないのに誠意のかけらもない言い分に、2年間積み重ねた信用が吹き飛んだ。

何の為に仕事をしているのだろうか。

恐らく企業文化にあるのだと思った。
上からの命令には絶対に背けない、ごもっとも文化が全体にきっちりと浸透しているのだろう。
新規上場株の申し込み割り当てが営業マンのノルマになっていて、とにかく期日までにさばかないとならない事情があったに違いない。
要するにお客さんの事よりも、自分たちの割り当てを如何に消化するかしか考えていないのだ。
もしかしたら、連絡しても繋がらなかったと言うのも会社のマニュアルかも知れない。
証券会社も所詮はこんなものなのだろう。
こんな企業文化の中で仕事をする意味をどうやって見出して行けば良いのか…彼らはその事すら封印しながら仕事をしているのだろう。

何の為に仕事をしているのか。

それは、お客様に何を提供する事で用事を足すのか。
喜んでもらえるのか、満足してもらえるのか、それらを突き詰めるフローが大切な事で企業のご都合主義で商売をやって行けば消滅しか道はない。
恐らくこの企業はもう直ぐお迎えが来るに違いない。

熱意

通勤の朝、車を会社の車庫に入れようと思った時一人の男が私を待ち受けていた。
8時20分位だったが、男は颯爽と私に近寄り笑顔で私に面会を求めたのだ。
N証券の営業マンである彼は2年程前から私をターゲットにしていた。
会社には定期的に電話があったが取り次ぐ事もなく、アポなしで来ても会えなかったので彼は手紙による営業をしていた。しかも手書きで巻物の様にして送られてきたので印象深かった。
そんな中、何回かは会ったが株はやらないとはっきり伝えていたので、私としては特別な思いは無かった。しかし、その手紙を継続してもらっていると不思議なもので心に変化が表れるのだ。手書きというのも有り本人の一生懸命さが伝わり、一度位は会って話だけでもという気になる。

形が熱意として私に伝わり凍っていたものが溶け出した感覚のようである。
そんな思いがあって数日後に彼から電話があったので取り次いでもらった。電話に出ると良い話があるのでこれから面会したいと言う。私は以前と違う感情があったので承知して話しを聞いた。私はその日に株を買う約束をした。不思議と言うかタイミングと言うべきなのか、いや彼の
行動が私を変えたのは事実だ。買うはずの無い株を私は買う約束をした。
二年間の成果かも知れないと思った。

しかし、数日後に私は気が変わったから止めると言った。冷静に考えると株式市場は下げ局面で今は買い場出ない事は確実に判断出来たから、私はハッキリと今回は止めたと言って断り彼も承諾した。それから毎日のように彼から私の携帯にバンバンかかってきていたので内心私が理不尽な面はあるにせよ、しつこい奴だと思い始めていた。その最中に彼は朝私を待ち伏せしていたのだった。その瞬間、こいつ凄いなと思った。最近では感じる事の無かった熱意が新鮮に感じた。
プレゼンをして結論は一週間後に連絡するという事で…
そんな熱意のかけらもない営業とは全く違うものを彼から見て取った。
私は再度約束した。今日入金するから止めたとかはもうないと。

結果はどうなっても私の責任である。彼の熱意が私の心を変えたのだ。参った。

波が来る

いよいよ来春に波が来る。まるでスマトラ沖地震での津波のように、今は海面が静かでも野鳥や動物達は丘の上に移動している状況に似ている。
勿論、経済の事を表現したのだが、これから始まる大混乱に我々は丘の上に避難するように手を打たねばならない。アメリカ発の世界金融システムの破綻で大失業という波が押し寄せて来るからだ。特に金融に携わる人達は店じまいである。
本当に凄い時代の断層に生きているのだと実感している。

ここ3ヶ月間色々と考えてある手立てを講じる事にした。今年中に準備を進めて来春には実行に移す。来年の今頃にはやっておいて良かったと振り返るだろう。

大失業時代がやって来た後の世界は今までの生き方が変わっているように思う。
「夢と勇気とサムマネー」そこそこの収入でライフスタイルを幸せにする時代がやって来ると読んで天然村を作った。これからも更なる進化をして行くが、必ず必要とされるビレッジとして
認知が広がり始めている。

思えば今から8年前にロハスな生活をしたいと思い房総半島に移住して天然村の構想を考えていたのが懐かしい。現地の人々はとてもゆったりとした時間を過ごし、時間にはルーズだけれども、とても楽しそうに生活している。私自身もホットするような、ゆらぎの世界にいるような感じだった。

これからやって来る波がどんなに大きくても、どんなに大失業が広まってもそんなライフスタイルを確立出来たら新しい時代の幕開けになるだろう。