シンプルに考える

川の流れが上から下へ進むように、水を汲むならその途中で待ち、ただ水を汲み取ればいい。

私の知る商売の神様はこのような例えで表現している。
商いで言えば、水をお金、に置き換えてみる。
シンプルにお金が上から下に流れているのだから、その途中で待って掴めばいい。と置き換える事が出来る。

極めてシンプルで当たり前過ぎてわからなくなる人もいるかも知れない位だ。
私の友人は複雑に考える思考回路の為、よく解らないらしい。
私も同じような事に陥る事も多々あるから、友人に教えられる場面もあるのだが。
シンプルに考える、シンプルに書く、シンプルに現わす、シンプルに話す、これらは非常に大切で私が今まで出会った成功者は全てこれに当てはまる。

先日招かれたパーティで主賓の方の話を聞いたが、何が何だか解らず仕舞い。
複雑過ぎて何を言いたいのか全く理解出来なかった。
その反対にわかりやすく話をしてくれる人、すぐに理解出来る文章、シンプルなデザイン、これらは簡単なようでなかなかお目にかかれない。
実は難しく考えたり、物事を複雑に捉える人が多いのかも知れない。
それは頭が良い人に多い傾向が見られるようだ。
しかし、本当に頭の良い人は実にシンプルに考えている。
当社のコンサルタントF氏はその辺が卓越している。
つい先日も一緒に仕事をして感じた事があった。
一緒に車に乗っている時にスタッフが運転している様を見て、複雑に考えていた新規事業のビジネスモデルの核となる要素を導き出した。
結果としてみたら実にシンプルなのだ。
コピーライターでもあるF氏は文章表現においても実に簡潔にわかり易くまとめている。
何が違うのか考えてみた。
それは考えることを日常でかなりやっている事のように思えた。

それは考えて考えて考え抜き、悩み苦しんだプロセスをやってきたのだろう。
考える力は努力次第という事になる。

健康診断

毎年この時期になると健康診断をやっている。
今回も社員のみんなと一緒に、一連の流れで院内を移動して最後に診察して貰った。
何と昨年に続いて血圧が140を超えていたのだ。
昨年は気にも止めてなかったが、今回は先生から高いので注意を促された。
私は健康管理には自信があったので、どうすれば下がるのか教えて欲しいと言った。
すると先生は「もう若くないし年だからね。」と答えてくれた。
ショックであった。

毎日の日課である腹筋、腕立て伏せ、腹式呼吸、ジョギングを汗いっぱいになってトレーニングし、夜は炭水化物を避けてタバコは辞めて20年になる。
お酒は毎日飲むがそんなに大量では無いので何が原因しているのかと思ったら、年だと言うのだから元の木阿弥である。
帰り際に先生が血圧手帳をくれたので読んでみると、運動でも腹筋や腕立て伏せは血圧を上げてしまうと記されていた。
私はこれが決定的な要因だと決めつけて、明日から止めようと考えた。
しかし、10年もルーティーンを続けて来たので本当に止めてしまって良いものかと悶々としていた。
会社に戻ってもそれが気になっていたので、先生の携帯に連絡して事情を聞いてみた。
毎日腹筋や腕立て伏せをやっていても、一時的に上がるが数分も過ぎれば元の数値に戻るから大丈夫だという。
じゃあ先生どうしましょう〓解決策を聞き出したくて仕方がない私に先生は自分の体験話をしてくれた。
先生の親、祖父ともに高血圧が要因で病気になるDNAの為に40歳を過ぎた辺から薬を処方して125を保っていると言う。
薬嫌いの私には解決策とはならずそれはボツなのだ。
考えた末に思い付いた。
毎朝の日課に瞑想とイメージトレーニングをやっている中で、血圧が正常値になっているのをイメージ想像しようと決めた。
先生には馬鹿げているとしか思えないだろうが、来年の検診までにこれでやって先生を驚かせてやりたいと思っている。

長男

メールに着信があった。

「最近本を読むようになったけど、何かオススメの新書とか教えてよ!」

送り主は長男だった。
殆んどコミニケーションのない関係にあるので驚いた。
それと同時に、何か壁にぶち当たっているのだろうと想像した。

長男は高校を中退してロックミュージシャンを夢見ている。
現実はアルバイトをやりながら挑戦しているので、かなり苦労しているに違いないと思う。
しかし、夢があってそれに向かって努力を重ねる姿勢を彼から感じ取った。
高校を中退した時の彼の在り方と決定的に違うと思ったのは彼と食事をしている時だった。

1年近く喋ってもいなかったので、メールの返信をする時にオススメの本を紹介するのと合わせて食事に誘ったのだ。
麻布十番の焼き鳥屋さんのカウンターで酒を飲みながら会話をした。
会話と言っても、言葉少ない中で彼が自分の成長の為に何か良い本がないかと、むさぼりつく様な貪欲さを感じたし、本来の素直さも健全だった。
そこには学生時代の宿題の為の勉強、親から言われた勉強ではなくて勉強の為の勉強をする姿勢だった。

夢を追いながら、コツコツ努力を重ねて今を100%を生きる。
これを実践していれば大丈夫だから自信をもって前進しろと彼に言った。
やりたい事が有ってやれているのだから、結果が出ていなくても今はそれが続けられるのだから感謝して精一杯やったらいいと思う。
過去を振り返って後悔するより、夢を追って自由にやれるのは私も同じである。
これほど幸せな事はないように思う。

麻布十番からタクシーに乗って広尾にある弟の寿司バーへ移動中に、ドライバーが新人さんだったので根掘り葉掘り質問してみた。
24歳で3ヶ月になる赤ちゃんと奥さんの3人で足立区に住んでいると言う。
ドライバーになって3ヶ月目で前職は福祉の会社をリストラされて、生活の為に選択したのがタクシードライバーで給料は20万円貰えれば良い方だと。
労働条件も考えると持続可能性を彼からは感じられなかった。

長男がどう感じたかは聞かなかったが、現実の世の中の厳しさと自分の置かれている状況からすると、可能性から発想して諦めずにどこまで夢に近づける事ができるのか。
静かに見守っていたい。

時が来るのを待つ

せっかちな私が最も苦手とする分野が、待つことである。
辛抱強く待つと言うことが非常に重要だと最近感じる事があった。

天然村へ野良仕事に出掛けた時だった。
現地に到着して周りを歩いていると、昨年の同じ時期とは全く違う景観があった。
ガーデニングが創り出す見事なまでの多種多様なハーブや薔薇の花、3年前に種を巻いたシンボルツリーが大きくなっていたり薬草類が成長していて里山の風景に溶け込んでいる。
それは年々進化していて天然村の価値を確実に高めてくれている。
4年前に土地を購入した時の状況からは想像出来ない位に素晴らしくなった。
人工的に手を加えたものとは違い自然との共生をテーマとした村造りには自然の形状を活かしつつ手を入れて行くので、自然と調和して映るのでしばらく見惚れてしまう魅力がある。
つい先日もお客様がお見えになった際に1時間近くもじっと見惚れていた姿があった。

これらの価値は直ぐ手に入るものではなく、時間を要する事で年輪のごとく重ねるようにして他には無い独自の価値を生み出している。
天然村で造り始めた醤油についても同じで、味噌とかと比べると非常に手間と時間を要する為にやる人が少ないのだ。
これも時が来るのを待ちながら毎日手を入れて育成している。

このプロジェクトが発足して7年目になるが、時間とコストを考えると事業として始めるには、あまりにも無鉄砲だったように思える。
しかし、ハビテーションスタイルでロハスを体験出来る場を創る意思の方が遥かに上回っていた為に、既存事業では考えられない長いスパンになってしまった。
お陰様で私のテーマだった心を広く、アバウトにノンビリと構えるという事が否応なしに体験させられる事で、時が来るのを待つという大切なことを教わったような気がしている。
スピード、せっかち、急ぐ、直ぐやる、切る、注意深く、細部に至るまで、少しも待てなかった私だったが、今は時が来るまで待つ事の本質を学ばせてもらっている。