ペトリュス

「希少価値の高いワインが安く手に入るからどう?」
親友のMから連絡があった。

Mはある人物のワイン試飲会の席で初めて口にした感動を話した。
コルクを開けてからデキャンタに移した時、部屋中にワインの香りが充満して、口に含んだ時はいまだかつて無いワインに驚愕したそうだ。

“ペトリュス”
株式会社イコム 社長ブログ ペトリュス

実は私も初めて聞いたワインの銘柄だったが、少しワインに詳しい人なら誰でも知っているブランドだと言う。
ネットで調べてみると安いもので10万円台、高いものだと500万円まであるのでびっくりした。
Mから手に入るのは78年、79年もので市場価格だと30万円から40万円位の値がついている。

市場価格よりも安く手に入る。このフレーズを聞くと私の思考は自動的に疑いを持つようになっているらしい。
自らの交渉やコツコツ積み上げた仕事をしない限り、そんな上手い話は世の中に存在しないからである。
現にMはそれで失敗しているので気にかかっていた。私と正反対の性格のMは人を疑うことをしないのだ。
そんなMを利用して一儲けしようと企んでいる連中を私はずいぶん見てきた。

今回もそんな事だろうと思ったが、実際に届いて現物を確認すると何とも言えない不気味さがあるのだ。
78年というと34年前の物である。歴史を感じると言えばそうかも知れない、一方で懐疑心から見立てるとその歴史を感じる古さが怪しく映るのだ。
実際に銀座のワインバーのマスターに聞いてみた。すると、結構偽物が普通に出回っているそうだと聞いて驚いた。特に82、83年だと80%の確率で偽物だという。しかし、70年代なら五分五分だそうだ。
本物の確率は50%、マスター曰く、コルクを開けて見れば一発でわかるらしい。
要するにその手のワインは金融商品と同じで、市場原理主義で相場を張って、損得勘定でうごめいている連中の世界である。

早速、Mと二人で78年を一本飲んだ。期待が膨らむ中、コルクを開けてデキャンタに移すと、その色合いは見たこともない土色だった。
二人でにっこり微笑みながら一緒に口に含んだ。
それは偽物とか本物とかはどうでもいい感動があった。
深い、深い味わいを体験できた事に感謝の念が湧いたのだ。

ペトリュスより酒屋で8000円のワインが美味しいと言う人もいるだろう。
しかし、34年間もの長い時間貯蔵していた一本とは比較にならないと思う。
銀座のマスターは古ければ美味しいとは限らないと言っていた。

残りの79年の一本はもう少し時間をおいていただこうと思う。

北海道で乗馬

今年の社員旅行は北海道だった。
かなり寒いと思って厚着して行ったが、現地は思ったより暖かく、天気にも恵まれて最高のコンディションだった。

今回は登別で一泊してから洞爺湖、ニセコ、小樽、札幌で一泊の二泊三日の旅である。

私が一番印象に残って楽しかったのが乗馬だった。
最初、現地に着いた時はここが乗馬施設なのかと驚いた。
農家の庭先で馬小屋がぽつんとあるだけの、何とも言えない目の前の風景に不安を感じた。
しばらくすると、馬顔のおっちゃんが現れて仕度をしてくれた。

私は以前乗馬クラブに通った経験があるので、あまりのギャップに驚いていた。
レンタルシューズに至っては、どこからか拾ってきたかの様な…同じものが一足も揃っていないのだ。
おまけに手袋は軍手、ヘルメットもなし、これで馬に乗った。
馬も野生に近い感じがして、明らかに乗馬クラブの馬たちとは違って見えた。
少し上がった場所に移り、円形になって馬と一緒に準備運動をした。
おっちゃんは馬の順番を決めただけで、レッスンはおろか、乗り方や注意点の説明も無いまま。
しかし、みんなは楽しそうにはしゃいでいた。
馬から見下ろす海の景色、辺り一面に広がる牧草地帯、正に北海道ならではのロケーションで乗馬が出来るのは最高な気分だった。

慣れ始めた時にそろそろゆっくり走ろうと思ったら、突然と馬が走りだし後ろの馬たちも続けとばかりに走りだしたのだ。
思ったより強く叩いてしまったらしい。
馬の乗り方を全く知らない、初心者の皆は笑いから悲鳴に変わり、落馬寸前のところで、手綱を引け~と、おっちゃんに言われとっさの行動で間一髪セーフ。
おっちゃんも焦ったらしく、私に急に走らせないようにとたしなめた。
そうだろう。落馬して怪我でもしたら責任問題になるし、首をやられたらポックリ逝くかも知れない。
明らかにおっちゃんは動揺していた。
馬に似ている顔がひきつって見えた。
その後は場外に出て、公道をゆっくり回ったが、普通に車とすれ違うあたり、ここでしか絶対に経験出来ない貴重な体験をした。

北海道での乗馬、是非オススメである。
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自分の事とする・2

私は親として子供にどんな方針や考え方でいるかを今回の次男の件で観察した。

シンプルに言うと、子供の選択した事を私も選択するというスタンスなのだ。

勿論、無関心で手放している訳ではないので、彼もその辺はわきまえている。
一方で学校の先生と妻は子供の選択は子供だから、大人の一般的常識から外れていたら、正すのが親の役目で、当然無理やりにでも言うことを聞かせるのが当たり前だと言う。
実際に先生と面会した際、私の考え方を話したが困った様子で、それを見た妻が先生を擁護する形となって、それに勢いがつき私も劣勢になるが巻き返して話をするも平行線。
私はこれ以上話してもお手上げだと思い、彼らの考え方を受け入れた。
しかし、私なりにアレンジして次男に話をした。

今までお前の選択にパパは選択してきた。
今回、お前の要望通りにお膳立てしたにも関わらず、いきなりお膳をひっくりがえすのは責任を取っていない。
だから、少し位の壁にぶつかっても頑張ってやり抜けよ。

こんな感じに話した。先生や妻が喜んでくれる内容である。
次男はうん、やるよと言った。
私は自分の事として対応することがこれでよかったかは実は府に落ちていない。
なぜなら、この局面だけに対応した場当たり的な対処で、もっと大局的な対応をしないと問題が繰り返され、そして問題解決に情熱を費やす事になると思うからだ。
先生と妻から同じ話をしても次男は言うことを聞かない。
となれば、彼の選択した事を彼自身が気付いた時まで見守るのか、私が問題発生時に登場する事になる。
しばらくは後者になりそうだ。

自分の事として考える

相手の事で自分に起きる出来事は、自分が原因しているので自分の事として考える。

それを思い知らされる出来事があった。

息子の次男が9月から中学校を転校したのだが、彼の要望でバスケットでは全国レベルの有名校で越境入学の生徒も多数いるらしい。
私は彼の要望に答え、アパートを学区内に借りて実家から通学する越境入学の段取りをつけた。
赤坂中学校の時代はバスケットよりも勉強に力を入れる学校の方針だったので、彼も家庭教師をつけて勉強がしたいと言う要望に答えた経験がある。
そんな彼が転校して間もないころ私にメールをくれた。
やっぱり自分には合わないから赤坂に戻りたいという内容で、わがままを何度も言って申し訳ないという趣旨である。
私は条件をつけて承諾した。それは今の環境で精一杯努力してナンバーワンになったら考えてやろうと返答した。

そんなやり取りがあったのもつかの間、昨日妻から連絡があり息子が部活を退部するという。
私はあっけにとられたが、同時に怒りも込み上げてきて今までの経緯は何だったのか、そして、筋が違うだろうと思った。まずは私に一報を入れるべきであると。

その日は会社の月に一度の楽しい食事会だったにも拘わらず、キャンセルして自宅で彼と対面した。
横には妻がいる。
息子は開口一番バスケが嫌いになったと言った。
そして不良になると宣言した。
私はまず筋が違うだろうとたしなめた。そしてお前の要望に今まで答えてきたけど、事を成し遂げた事が無いから責任をとるべきと説明した。
そうすればバスケを辞めて不良になっても良いと承諾した。
私とすればバスケと不良のどちらか良いと言えば勿論バスケだが、彼が不良を選択するならそれは良しだった。
但し、今回が最後のカードでもう今後一切親には要望は言わないという責任をとれるのが条件だと。
そして、彼はうなずいた。

今回想すると、ここがポイントで私は相手の事にしていて自分の事にしていないのだ。

すると、横にいた妻が堰を切ったように話し出した。
バスケを辞めて不良になったら彼が駄目になっちゃうから、続ける事を押すのが本当で不良になる事を快諾するとは何事かと言う剣幕で、今度は夫婦喧嘩になる始末。
おまけに動揺した妻は顧問の先生に連絡してこれから自宅に来てもらう算段をつけた。

今回回想すると、ここもポイントで妻は相手の事にして自分の事にしていないのだ。

先生が来てからの話はパート2の次週で紹介したい。