被害妄想

次女がパパの料理が食べたいとのリクエストがあり、一緒にデパ地下に出かけた時の事だった。
久しぶりのデパ地下だったが、魚が大好きな私は魚売り場にくぎ付けとなっていた。
特に目を引いたのがマグロだった。切り身の一パックが2000円を二パック買うと3000円
というセールをやっていたのだ。
しばらく模様眺めをしていたら、おばちゃんがやってきて店員と話をし始めた。
「このまえ買って食べたらおいしかったね~水分も少ないし脂のってて、冷凍にしても美味しかったわぁ」
私が狙いをつけていたマグロを持って行ったしまった。
しまった!と思ったのと同時に疑い深い私はもしかしたら”サクラ”かもしれないと思った。
あまりにもタイミングがよかったので、買い気を起こすための演出ではないかと。
そんな思いがある中で私はほかのマグロを物色し始めた。
店員は特に何もしゃべってこないし、私も無言のままマグロのパックを見廻していた。
幾つかの赤身と中トロに的を絞っていた。
すると、次にもおばちゃんが来るなりさらっと買いそうな雰囲気なのだ。
私は次の狙いのマグロを持って行かれてはまずいと思い、即座に狙いものを買い物カゴの中へ。
すると店員はセール商品なので、値札を変える必要があるから、二パックを包んでくれた。
私は一度買い物カゴに入れても途中で気が変わり、元の売り場に戻すことは度々あったので、
今回もその心積りと競争意識が同時に働いてのことだった。
しかし、袋に詰められて変更した値札シールまで貼られては戻し難いのだ。
う~ん。私は心の中で叫んだ。
もしこの一連が演出だったら完璧にやられたと。

しかし、帰って食してみると一番最初に買ったおばちゃんが言ってた通りの品だった。
疑いだしたらきりがないとはこの事である。

学校の授業

毎月第一、第三水曜日に学校へ通い始めて2年が経った。
18時30分から21時まで世界経済の流れを学び、日本の新聞には
記事にされていない情報に触れることで、大局的に未来を予測し、
今後の経営に役立てる講義を受けている。
受講生は大半が50代後半の経営者で、独特のゆったりしたような雰囲気の中で学んでいる。

「藤原学校」藤原直哉先生の授業は独特の切り口で、危機を分析して未来を予測したり、
統計を用いて、現状の実態マーケットと、政府情報とのギャップを浮き彫りにすることで、真実からの
アプローチが可能となる一方でタイミングを測れるいい機会なのだ。
しかし、危機や恐怖を覚える受講生から見ると、悲観的な記事を抜粋し、危機感を助長する傾向は否めない。
ある年配経営者の受講生が先生にこんな事を言っていた。
「せっかく株が上がり始めて世間が盛りあがっているのに、先生がそんな否定的なことばかり言うのは
よろしくない」
私が見るにこの方は、やっと光が見えてこの先株が上がれば、わが社もきっと浮上できるとの切ない想いがあるのだろう。

先生は今度の相場は完全な売り抜け相場で、企業の実態に伴わない上昇ぶりで、
外人が買っているとは言うが、目の黒い外人が外国にファンドを創設し、外から介入しているに過ぎない。
その証拠になる資料も見せてくれた。要するに日本政府が演出した相場ということだ。
年配の経営者は黙ってしまい、以来姿が見えなくなってしまった。

私自身はこう考えている。
先生の否定的シナリオと、そこから生まれるチャンス、変化のタイミングを見計らってから、
勝負に出る局面とのバランスが必要だと思っている。

先日「80対20の法則」という本を読んだ。
ある業界全体の利益の80%は20%の企業が上げている。
顧客が享受する価値の80%は企業活動の20%から生まれる。自分の会社でその20%とは何か。
その20%にもっと力を注ぐことが出来ない理由は何か。

学校の授業でも同じことが言えそうだ。

一般的

あっちの世界から次男が帰ってきた。
1月6日に留置所入りしてから鑑別所に移され、ようやく3月6日に出所した。
3月6日には裁判所の審判があり、私と妻も審理に同席して以下のような
裁判長と私のやりとりがあった。

裁判長:「今回の事件をどう捉えていますか?」
  私:「本人にとって非常に貴重な体験になったと思います」
裁判長:「社会的に迷惑をかけた行為に対して親として何か注意を促したりしなかったのですか?」
  私:「特にしませんでした」
裁判長:「親としての責務をどう考えてますか?」
  私:「自分で体験して気づく、このプロセスが非常に大切だと思います」
    「なぜ事件を起こしたのか反省を促すのも大切だが、これからどうするかの方が
     大事だと思います」
裁判長:「家庭の考え方があると思うが」と前置きをした上で、今後は同じような過ちを繰り返さない
     ためにも、しっかりと指導してもらいたい。」
     自分の意思を貫いて言おうか、はいと返事をしようか迷っていた。少し間をおいて、
  私:「わかりました。」
これ以上、こじれると次男が今日出所できるか危ぶまれたので、
一般的な答えをする方が良いと判断した。

今回のやりとりで感じたことは、私は一般的ではないということだった。
一般的な人ならば、事件を起こした息子の親として、反省や後悔の弁を涙ながらに語り、
二度とこの様な事が起きないように親としての責任を果たして参ります。
こんな感じなのだろう。
しかし、私は口が裂けてもこんな事は言えない。
なぜなら、私は一般的ではないからだ。
但し、今後息子が今回の体験を次に生かせなかった場合、あるいは壁にぶつかり自分の想い通りに
ならない体験が訪れた時に、同じような行為を繰り返すようならば、私は電光石火の如く愛のムチを放つだろう。
だが、彼の表情や立ち振る舞いを観ていると次のフェーズにいるのが解る。

当日は祝いで焼き肉を家族で食べに行った。
彼は焼き肉を焼けていない間に、丼ぶり飯を一杯たいらげてしまった。
お米を口に含んだ瞬間、満面の笑みで「こんなに米が美味いなんて!」
これは入った人じゃないと解らないよ!私に向かって笑いながら言ったが、
残念ながら私は入ったことがないので解らない。

順番待ち

やっと連絡がきた。
昨年10月に発注した時には2か月で部品が届くので、それからカスタマイズするから
待っていて下さいとの事だった。
ハーレーダビットソンのカスタムをBADLANDに発注していたのだ。
カスタム費用の7割を発注時に支払い、連絡待ちして既に5か月が経過していた。

まだかまだかと思いながら年を越し、ようやくその時がきた。
普通の買い物であればその時とは、商品が届くのだが今回はこれから修理を始めて、
届くのは5か月先になるだろうから、注文してからほぼ1年待ちと言うことになる。
随分とノンキな話である。
しかし、不思議と待つ時間が長いと出来上がってくる楽しみもぐんとアップする。
希少価値というか、すぐに手に入らないのがかえって喜びもひとしおということになる。

しかし、本来であればオフシーズンの時期に預けて、仕上がりは春で絶好のツーリングシーズンの
はずだったのが…
ところが、これからという時期に預けることに。
こうなったら、秋のツーリングで紅葉&温泉しかない。

ハレー好きには知らない者がいないというBADLAND。
その技術とブランドで圧倒的な支持を受けている。
今回は部品が遅れたのではなく、順番待ちで修理に入るバイクがたくさんあったのだろう。
ようやく私の番にまわってきたのだ。

以前、友人からパンの美味しいネット通販があることを聞きつけて調べてみた。
「ルセット」というブランドで13か月待ちの商品があったのだ。
こうなると何としてでも食べてみたくなり、似たような商品を3か月待ちで注文してみた。
この待つという行為、せっかちな私としてはなかなか受け入れられないが、希少価値+ネットの
お手軽感も手伝い、ストレスなく買い物ができた。
手元に届くまで、楽しみがもう一つ出来たという感じだ。

行列の出来る店で順番待ちする気にはなれないが、同じ希少価値でもネットならその壁を越えられる。
あるいはBADLANDのようにそこでしか作れない、他に代替えが効かない等の理由の場合は、
他の事をしながらノンキに過ごせるので、待つことを楽しみが超えてしまう。

これからの時代はこんな風に、お客様に待ってもらえる商品やサービスがある企業はすごく伸びるだろう。
イコムもそんな風になりたい。