立ち食い

あっ、あった!

立ち食いの寿司屋が上野駅にあるというのを以前友人から聞いていて気になっていた。

近くに行く度に探していたがようやく巡り会えた。

店の名前を「いなせ」という。

ここはオペレーションが最大の関心事であった。
何と3坪ほどの小さなスペースで3人の職人が握っているのだ。
駅中商業施設アトレの一角にあるのだが、中央から注文を受け付け、
その周りをぐるっと囲んで約10人が立ち喰いできるスペースが確保されている。

見た瞬間にその効率、生産性の高さに驚いた。
江戸時代に寿司文化が発祥したというが、当時は屋台で営むのが普通だったというから、
元来は手軽に食べる文化だったのだ。

早速、カウンターの前で注文をしてみた。
私は光り物が好きなので旬なイワシとニシンを食べてみた。
これがなかなかの品だった。
続いて幾つかオススメのネタを食べたが、どれもコスパが高かった。
お会計は1800円なり。

回転寿司と比較すると少々お高くつくが、立ち食いという気軽さと職人が握る寿司の質から
見ると大満足できた。
寿司はカウンターに座って食べるのが一番だと思っていた私にとっては、立ち食いというのは衝撃的な印象だった。
今度近くに来たら必ず行ってみようと思う。
時間がないときでも立ち食いならさらっと行けてしまう心理が働く。

この寿司店を経営する、いなせに興味を持った私は他の店舗を調べてみた。
いなせは、立ち食いでない普通の形態の店舗数の方が多かったので、実際に行ってみることにした。
カウンターに座って食べた印象は遥かに立ち食いに軍配が上がった。

なぜなんだろう、何が原因しているのか考えてみたが、普通の形態は職人をはじめ、スタッフの方々の対応スピードが
明らかに遅いのと、既成概念に囚われているために「握り鮮度」が圧倒的に立ち食いと違う。
立ち食い店の場合は回転が勝負なので、ネタの管理や職人の目配りに至るまでオペレーションが全く異なるからだ。

考えてみると「俺のイタリアン、フレンチ」を展開している経営者も最初は自分で各地を食べ歩いた結果、流行っている店は
共通して立ち飲店と、ミシュランの三ツ星レストランだったという。
それで二つを結合してしまおうということで出来たらしい。
今は、行列のできる店となり銀座をはじめ、赤坂見附が近日オープンするなど、一等地を次々と押さえる実力を発揮しているのだ。

そう考えるとやはり、立ち食いというのは回転が勝負となり、自ずと職場に活気が出て雰囲気も創られてくるのだろう。

立ち食い恐るべし。

今後も立ち食い寿司「いなせ」を注視してみようと思う。

チームワーキング

大雪の休日の朝に携帯が鳴った。
見ると、当社のクライアントであるクリニック院長からだった。
15年前に開業したクリニックを当社で賃貸しているのだ。

直接連絡があるのは何年かぶりだったので、何んだろうと思いながら携帯電話を手にした。
すると、クリニックが大変な事になっている、院内が水浸して医療機器の他パソコンまでも
が水害になって、電気が止まり火災報知器が数分おきに鳴り響くと言う。
明らかに院長は動揺していた。

私も事の重大さを察知し、直ぐに向かう旨を話した。
そして、常務に連絡して現地に向かうように依頼した。

外は既に雪から激しい雨に変わっていて、道路の排水口が雪で埋まってしまい、川のようになっていた。
駅まで歩く間に靴がびしょ濡れになり、足の冷たさを我慢しながら向かった。
電車は全く不通になっていたので、バスに乗ろうと長蛇の列に並んだ。
足の冷たさを更に激しく豪雨が襲い苦痛の状況で順番を待っていた。

足が冷たくて辛い、寒い、バスがなかなか来ない。
こんな想いをするのは、痔の手術後の痛み以来である。

我慢をしながら並んでいる時に私の前をスッと割り込んでくる女性がいた。
私が電話をしている時に、前の人との距離が若干空いた隙があった。
まぁ、若い女性だし可哀想だからいいか、と思って何も言わなかった。
もし、こちらを振り向いて、とんでもないブスだとしても、後悔しないよう自分に言い聞かせていた。
すると、後ろの方からおじさんが大声で間違えて割り込んでくる人達を罵倒していた。
こっちじゃねぇよ!最後尾はずっと向こうだぞ!そこのお兄さん、ちゃんとに並べよ!
と言う具合に交通整理をしていた。

言い方や態度は別にして、こんな風に言う立場の人がいないと秩序が乱れたままになる。
私のように見過ごす人が多いと秩序が乱れるのだ。

私は急に前の女性の顔が気なってきた。
もしも、想定外だったらどうしよう。
私は覗き込んだが雪で滑ってしまい転びそうになった。
足の冷たさだけでも耐えるのが大変なのに体が濡れたら一大事である。

そんな最中に院長から電話がきた。
とにかく屋根の雪をどかさないと全部駄目になる、誰か除雪してくれる業者を知らないかと言う。
私は業者は既に手配していたが、交通網が麻痺しているので、とにかく現場へ急ぐと伝えた。

3時間後に何とか現場に着いた。

そこはまるで被災地のような状況だった。
院内の天井から雨漏りが想像以上に凄かった。
既に常務と部下が雨水をモップで拭き取る作業をしていた。

とにかく屋根の雪を何とかしなくてはと考えていた、その時に業者が来てくれた。
早速、私も屋根に登り無心で除雪をした。
次第に営業部の社員も駆けつけてくれ、皆んなの協力もあり何とかおさまった。
それを見ていた院長も冷静を取り戻していた。

社員の中には寝ている最中に電話があり、急遽応援に駆けつけてくれた者もいる。
また、風邪で体調を崩している者もいた。

本当に皆んな自分ごとの様に振る舞い、頭の下がる思いだった。
そんなチームワーキングを見たら、誰も文句のつけようはなくなるだろう。
いや、信頼が深まった様に感じるかも知れない。

この雪のおかげで改めてチームワーキングの素晴らしさを知る事が出来た。
感謝の気持ちでいっぱいである。

息子の進路2

長男からたまには2人で飲みに行こうと誘われた。

高校を中退してミュージシャンとなり、バンドを組んでメジャーデビューを目指していた。
数年前から、私が読んだ本を拝借したり、いい本のリクエストを聞いてきたりと、ビジネス本を積極的に読んで学ぶ姿勢に変わってきた。
与えられる学習より、自ら率先する長男に私は感心していた。

浅草の蕎麦割烹「丹想庵」をセットした。
ここの蕎麦は一番のお気に入りである。
鍋も出汁が濃厚で美味い。酒のあても豊富だ。

カウンターで、そば焼酎の蕎麦湯割りを飲みながら、鍋をつつき近況の話しをしていた。
すると、彼の方から真剣な表情で、今後の人生についての相談があった。
音楽活動は友達のネットワークも出来て、とても楽しくやっているが、これが本当にプロを目指すとなると、楽しさから厳しさ、苦しさに変わってくる、そこに躊躇があると言う。

私は本当に自分がやりたいと想う事を見つけた方が良いと言った。

彼は今年で20歳になる。
また、経済的にもしっかりした安定した基盤を築く為にも、そろそろ見切りをつけて、次の何かを模索しているのだった。

次男のフィリピン行きの影響も多少あったのだろう。
私はお前も海外に出て色んな世界を見て体験して、本当に自分のやりたいと想う事を見つけて来いと言った。

今は彼に対しては一切の経済的援助はしていない。
一応、社会人なのでバイトをしながら音楽活動をしているからだ。

しかし、私は彼に言った。
海外に行くならやはり片道切符であると。
100万円をやるから五年間は日本に戻ってくるなと。
どこに行くかは、やはりアジアがいいだろうと言った。
逆タイムマシン経営で日本にある産業やサービス、商品を現地に合った手法で商売を展開する方法で、ベトナム、マレーシア、スリランカ、などなど。

何か現地で面白いビジネスをやりたくなったら、見極めたうえで投資してやると言った。

どこにするかは、自分でも調査して考えるように言った。

後はサバイバルで、生き残る算段を自ら考えることが大事だと言った。

出発する6月まで、あと4ヶ月あるからじっくり考えて、彼なりのプランを知らせてくれるだろう。

息子の進路

東京都教育相談センターに次男と共に行ってきた。
ここは主に不登校の学生を対象に進路相談する施設である。

ある方に紹介され、事前にメールのやり取りをして、電話でも何度か問い合わせをしていた。
担当の方の説明では、東京都ではチャレンジスクールがあると言う。
自分のスタイルに合わせて、三部制になっている。
午前の部、午後の部、夕方から夜の部、それぞれ、4時間の授業で3年で卒業する。
通常の定時制と異なるのは、一年短い期間で高校卒業資格が得られる点である。

また、試験もなく、調書での対象も外れている。
作文と面接での入試になる。
典型的な不登校児対象の制度である。

しかし、私は疑問であった。
何の意味があってチャレンジスクールがあるのか、理解出来なかった。
本来、チャレンジであれば、授業を濃密にするか、何か目標に向かって前進する姿勢が感じられる場合は価値があると思うが、ただ単に高校卒業資格だけを有する為のチャレンジスクールならば、三年間を無駄にするだけだと感じてしまう。

一方で、次男は不登校の為、普通高校は調書で落とされてしまう。
残された道はチャレンジスクールか定時制、通信教育のいづれかである。

当日、本人の口から思ってもない言葉が発せられた。
俺、ジャニーズに入ると。
一瞬あっけに取られたが、全く可能性はゼロではないかと…

しかし、なぜジャニーズなのかと問うと金持ちになりたいとの事。
私は更に驚愕してしまった。

私はその夜に次男と話しをした。
お前が金持ちに成りたいなら、チャレンジスクールのような中途半端な事はするな。
また、ジャニーズで成功するならまだしも、金持ちになりたいなら、成功の確率は著しく低くなるぞと。

お前は海外に行って生きた勉強をして来いと言った。
今年卒業と同時に旅立ち五年間は帰ってくるなと。
どっちがいいか、良く考えてみろと促した。

すると、彼は海外に行くと言った。

私は早速、道筋を彼に示した。
15歳で学生でない彼の場合は海外でのVISAを取るのが難しい。
ワーキングホリデーのVISA取得は18歳以上となる。

海外で英語が話せないと生活が困難になる。
そこで、対象地はフィリピンになった。
半年間、語学スクールに住み込みで英語漬けになり、そこからは自分で道を切り開いて、
5年経ったら帰って来いと。

お金はスクール代金を含んで100万円、あとは自分で稼ぐ算段を考えろと。
それまでは一切援助はなし、帰国は許されないという、少々乱暴なプランだが、彼にとってはベストなものだと思う。

一般的な常識だと、考えられないと思うが、国内でチンタラ過ごすより、海外に打って出る方が、人生体験で大切だと判断し、彼も納得したのだった。

五年後どんな男になって帰ってくるのか、あるいは現地で沈んでしまうのか、彼の潜在能力を見込んでの腹である。

妻は完全に理解不能であるが…