変わり者

最近変わってる人だなと思った人が現れた。

会社経営者S氏との初対面の時である。
自著にCDがついている本を差し出してくれ、自己紹介のような経歴話しを聞かせてくれた。
そして、新しいビジネスプロジェクトのプレゼンを受けた。

第一印象はオタクだった。
ビジネスマンの感じよりは何かを極めている萌系オタクの印象だった。
しかし、プレゼンを聞いていると構想力、ビジョン、数字が明快でしっかりして、自信に満ち溢れた在り方だった。
頭が良い仕事の出来る方だと思った。

しかし、二回目に天然村でお会いした時には第一印象のオタクが如実に表れていた。
一つ目は資料を見始める時の目つきである。
何とも言えない完全にイっちゃってる目になっているのだ。
思わず吹き出してしまう有り様で楽しませてくれた。

二つ目は一緒に食事をしている時に年齢を聞いてみると私と同年代だった。
そして、結婚しているかと聞くと、18歳年下の彼女と新婚だと言う。
初婚なのかと聞くとそうだと言うので驚いた。
私は矢継ぎ早にどこで知り合ったかと聞いた。
インターネットだと言う。
それはもしかすると出会い系サイトですかと質問すると、2000%そうだと断言していた。
その瞬間、テーブルにいた全員が大笑いである。

確かに彼からもらったCDは彼がシンガーソングライターの作品であった。
歌は下手なのだが、歌詞とメロディは個人的には気に入っている。

しかし、そもそも初対面の人に自著プラスCDを渡してアピールするのも、どんなものかと言う意見もある。

まぁ、そんなS氏は確かに変わり者である。

紹介者にはS氏も変わり者だが、私も変わり者だからね、と言われてビックリした。

私の変わり者としての理解は、一般的に非常識的と感じる様子がしばしば見られる事だと。

自分では無意識、無自覚なのだが、周りの人達からは時折耳にする。
もしかすると私もS氏のような変わり者なのか、、

だとすると、どんな場面がS氏のそれと同じなのかを周りの皆からヒアリングする必要がある。
しかし、ある種の特性みたいなものだから、治るものではないかも知れない。

もしかすると、変わり者は一生変わり者として生涯を遂げるのか。
S氏を見ていると、とてもそれが変わるとは思えないからだ。

自分に置き換えても同じ事が言えるとしたら、自覚を急がなくてはならない。

自分観察

アフリカケープタウンへ旅立つこと約二ヶ月、長男が黒人に襲われたとの一報が届いた。

本人に怪我はないらしいが、携帯電話と現金を脅し取られたようだ。
本人からの連絡手段は唯一パソコンが残っていた。

携帯だとLINEで簡単に連絡が取れていたが、パソコンからFacebookで連絡がついたのだ。

通信手段が格段に便利になったのは言うまでもないが、本人に取っては心強いツールとして今後もコミニケーションに役立つのは、本当にありがたい存在だろう。

しかし、貴重な現金を失ったのはショックであったが、予め準備していたのが幸いした。
現金を幾つかに分けていたので、全額パーにならなかったのが良かった。

そして、言葉が話せないのが非常に大きな壁を感じているようで、コミニケーションに大変苦労していると言っていた。
また、エボラ感染が大々的に報道されているので、聞いてみたが南部の方はそれ程でもないそうである。

私は彼へメッセンジャーから発信した。

逆境こそチャンスである、チャンスは様々なところにある、常に目を開いている必要があると。そして、自分次第で壁は突破出来るから、環境を言い訳にせずに乗り切って欲しい。

親としては当然心配ではあるが、自分が選択した道には当然困難はつきもの。それをいちいち危ないから帰国した方がいいとか、お金を送金しようとかしたら、本人の為にならないと思っている。
故に、あえて突き放すような言い回しにしているのだ。

ここは相撲で例えるならば、徳俵に足がかかった格好だが、何とか踏ん張って土俵を割らずに乗り切って欲しい。

一方で、中学二年生になる末っ子の娘は夏休みというのに、どこにも行かずに家の中でずっと携帯で遊んでいる。友達がいないので、どこか遊びに行くような事はしないのだ。
内向き思考なのが、私を心配かつ切ない気持ちにさせている。

携帯の遊びは、今若者の間で流行っているツイキャスだ。

仮装現実のコミニケーションに偏っているのだ。
夏休みの勉強ほったらかしで、毎日夜中まで夢中になってやっている。

私が注意を促すも全くもって効き目がない。
彼女を特別に育ててしまった私に原因するだろう。
末っ子ならではの甘やかしが要因している。

ある日、セブンイレブンに買い物に行くと言って2時間近く帰って来ない事があった。
昼間とはいえ、1時間を過ぎたあたりから遅いなと気になり始めた。
それから、30分程経つ頃になるとソワソワしてきて妄想する始末。
おまけに、誘拐されたらどんな手を打てばいいかと、警察から身代金の事まで頭をよぎってしまった。

何の事はない、TSUTAYAに寄って2時間後に帰宅した。

よく観察してみるとアフリカで窃盗事件があった長男の方が、遥かに心配に値する出来事で、たかだかセブンイレブンへ買い物に行って2時間帰らないからと、変な妄想して心配している自分はいったい何なのだろうか。
相撲で例えるならば、徳俵から足が完全に出てしまった状態だろう。

自問自答してみたが結論は単純で、長男を大人として扱っているのに比べて、末っ子の娘はまだ小学生に入ったばかりの頃の子供として扱っているのが見てとれた。
また、本質論として末っ子は可愛くて甘やかす傾向があること。

しかし、どちらにとって本人の為になるかは明らかである。

だが、なかなかその壁が越えられない。

メッセンジャーで長男に向けた言葉はまさに自分の事であった…(苦笑)

高校野球

今年のお盆休みは甲子園の高校野球をテレビ観戦する機会が多かった。

毎年そんなに関心はなかったが、今年の休みは自宅でゆっくりしていたので、甲子園を見始めると面白くて、いつの間にか夢中になってしまった。

それと同時に昔を思い出していた。

今から32年程前に甲子園を夢見て毎日練習していた少年の頃を。

しかし、高校三年間に良い思い出はあまりなかった。
とにかく野球に占める時間が圧倒的だった。
夏休みとか長期間休みになると、練習する時間が長くなるので憂鬱だった。

普段の日は朝練で朝5時起き、夜は遅くまで練習に明け暮れる毎日だった。
おまけに、上下関係は厳しく先輩と同じ電車に乗るのが禁止になっていて、あえて次の電車を待つ場面も多々あった。
ある日、先輩と同じ電車に乗ってるのがばれて、次の日に袋叩きになった事もある。
しかし、同年代ではこのような上下関係が厳しい事は当たり前だった。

今でこそ俯瞰して見る事が出来て色んな要素が見出せるが、あの頃は全くもって駄目な在り方だった。
練習の為の練習に明け暮れる毎日で、創造性とかゲームの流れや、チームの強み、各自の得意分野、戦略、戦術などは共有することもなく、私自身も空っぽだった。

二年生になった頃、バッティングが思うようにならなくて、右から左打ちに変えた事があった。
誰から言われたのでなく、自分なりの決断だった。
右打ちに見切りをつけ、左打ちに挑戦した理由は自分の得意分野を生かす事にあった。
私の得意分野は足だった。
50m、5秒台の俊足を生かす為により有利に働く為の左打ちの選択だった。
結果としては失敗に終わった。

今思うとコンテクストが決定的だった。

技術的な事よりも、器、当時の自分のそれが、あまりにもミクロだった。

甲子園をテレビで見ていると、それらの要素が見て取れる。
ゲームを楽しんでいて、一年生ピッチャーは先輩のキャッチャーのサインに堂々と首を振り、バッティングでも、同点打や逆転打を放つなど、チームとした組織になった戦いをしているようである。
ハイスコアの大逆転試合などがあったりと、プロ野球ではありえない醍醐味がある。

勝利が監督に占める割合が非常に大きいのも高校野球の特徴である。
負けていても、勝ちの雰囲気を創り上げる、流れを引きつける采配は勿論、自分自身のコンテクストが決定的なのだろう。
熊本の城北高校監督を観察していると、終盤の逆転劇を演じる流れを創ったのは、まさに決定的だった。

ツーリング

その日は、中途半端な気持ちで海老名SAに向かっていた。
一旦、現地集合してから天候の状況を見て決行するか判断する事になっていた。

二年ぶりのツーリングである。
現地に早朝6:30に集合してから富士山周辺を走るプランだった。

台風の影響で悪天候が予想されていたので、私は雨中でバイクを乗る気になれず、気持ちは全くのっていなかった。
むしろ、行かない選択もありと思っていた。

しかし、二年ぶりに再会するM氏もいるし、親しい友人も一緒なので、とにかく海老名まで行って、引き返してもいい感じで向かったのだった。

本来はツーリング向けにGSX1300隼を乗るつもりだったが、今回は引き返すつもりだったので実用性の低いカスタマイズしたハーレーを選択した。

タイヤがかなり太いため、峠道には不向きで街乗りにはマイペースに快適な走りを楽しめるバイクにしたのだ。

しかし、奇跡的に雨が少し降る程度で、結果的には快適なツーリングを楽しむ環境になったのだ。私のバイクの選択以外は…

海老名に到着すると、ツーリングの企画や、ルールの策定を担ってくれたリーダー役のM氏がいらした。
ライダースーツ姿が似合っていて、二年ぶりの再会に思わず笑顔がこぼれた。

一方で私は半袖にジーパン姿と、全くもってライダーらしからぬ出で立ちである。
友人2人も私同様で、他の人が見たらライダーはM氏ただ一人になるだろう。

海老名での話はM氏が企画したプランを決行する事になった。
M氏のやる気が自動的にプランを実行するようになったのだ。

私もこうなったら、やるしかないと決め込んで気持ちを完全に切り替えた。

どんなに雨が降ろうと風が強くなろうと、全走行距離300キロの道のりは気合いだけで乗り切るしかない、ハーレーで来てしまったからにはそれしかない。

しかし、奇跡が起こったのだ。

午前中はともかく、午後は確実に雨中走行になるのは確実、カッパを用意していない私はびしょ濡れ覚悟だった。

ところが、富士山周辺を走っている時から風を切る心地良さで感激し、おまけにここ連日の猛暑から一転して肌寒い位の気候だったので、ツーリングには絶好の環境だった。

結局、帰りの海老名に到着する19時まで、少し降った程度だった。

強烈な晴れ男F氏のおかげである。

彼曰く、何か遠出する時に雨が降った覚えがないという、抜群な晴れ男なのだ。

しかし、往きは良かったが、帰り道になると疲労が徐々に出始めて、休憩も頻繁にとるようになった。
途中、眠さが襲ってきたり、峠のカーブでは太いタイヤだとこの上ない曲がりにくいので、物凄く力が入り、おまけに路面が濡れていて滑りやすく、何度も滑りながら反対車線を超えそうになったりと、心身ともに疲労困ぱいの状況が続いた。

休憩地点は主にコンビニで、他のみんなはタバコを一服する。

それと、意外な発見があった。

みんなコンビニで色んなものを買うのだ。

例えば、タバコ、ガム、缶コーヒーや各種エナジードリンク、フリスク、爽快シートなる身体を拭くとスッキリするお手拭きみたいなやつなどなど、まぁ、よく買うなぁと観察していた。

コンビニも儲かるはずである。無くても困らないが、あったら確かに便利な品なのだろう。

私の場合は100円コーヒーかヨーグルトしか買わないので少し驚きだった。

減量

久しぶりに会う方に、ずいぶん痩せましたねと言われている。

確かに5年位前と比べれば体重で10kgほど減った。
毎朝のジョギングは距離を倍にして、食事は朝は野菜ジュース、ヨーグルトで昼はがっつり、
夜は炭水化物をなるべく取らずに済ませている。
しかし、酒は毎晩かかさないでいる。

あと、週に1〜2回のキックボクシングもかなりのカロリーを消耗する。

最近特に減量と言う言葉をよく耳にする。

先日ゴルフをご一緒したメンバーも色んな減量に取り組んでいる。

会計士率いるグループ代表のN氏も減量した一人だ。
元々さほど目立って太っていたわけではないが、自分なりに納得いかなかったのだろう。
見る見るうちに痩せてきて、頬のあたりがこけて病人と間違える位までにやってのけた。
ストイックにチャレンジする方なので、一切の妥協はないのだろう。
食事療法をはじめ、毎日五キロのジョギングはかかさないそうだ。

もう一人一緒に回ったメンバーで上場会社役員K氏は、かなりメタボで昔から酒の飲み方がかなり荒かったのを記憶している。
まるで、ラウンド中に飲むポカリスエットのごとく、ブランデーやウイスキーをガバガバと一気に飲み干してしまうのだ。
現在禁酒をしているようで、ゴルフのランチでもノンアルコールビールとざるそばを注文していた。
真剣に減量中で、顔が少し痩せた感じの印象を受けた。

やはり、毎日酒を摂取するのは減量の最大の敵になるようだ。

それを象徴するのが、あまり気にしないもう一人で、ユーモアのセンスと豪快さがある社長でである。
彼の場合は寿司屋で飲んでから吉原へ行き、それからキャバクラに行って、締めは焼肉屋で食べて飲む、これが一番メタボになる近道だと豪語していた。

あとは天然村で知り合ったイギリス人ハーフの環境エコノミストの方は、断食をやってから徐々に食事の量を増やして行きながら、ある一定量を保つやり方でリバウンドを防ぐ方法で20kg近く絞ったと言う。

また、友人は何度と食事療法による減量にチャレンジするも、意思の弱さから全ておじゃんになって元の木阿弥になる。
要するに減量と戦うのは自分自身であり、途中で自分に負けてしまうのだ。

こんな風に色んな人の体験談を聞いていると、生活習慣を変える意外に一足飛びの減量はなさそうである。