社内結婚

社内結婚第一号となる結婚式があった。

創業から20年で初めての社内カップルのイベントだった。

主賓の挨拶をするのも、通常は新郎か新婦のどちらかの立場でスピーチすることはあったが、
今回は私の他に常務とマネージャーからのスピーチもあった。

私はこの主賓の挨拶に疑問がある。
何か形式的な話が一般的で、本音のざっくばらんな話をした方がより親しみがあると思っている。
しかし、世間ではイレギュラーに値するようだ。
私はしばしばこれをやるのだが、良い評価を受けた事がない。

今回は予め考えていた内容の半分も話さなかった。

場の雰囲気が違っていた。
新郎新婦の共通する会社の代表者として、形式的な挨拶を普通に話すような雰囲気に包まれていた。
おまけに、長い話も好まれない雰囲気を感じた。

でも、やはり形式的な挨拶はつまらないと思う。
常識は保ちつつも、本音トークが自然に出る雰囲気を式場側にも協力してもらいたいと感じた。

主役は何と言っても新婦である。
そして、挙式から披露宴までの企画、構成も新婦の気持ちが強く現れていた。

一方、新郎は脇役で、彼女の盛り立て役を全力で演出していた。
特に挙式のワンシーンは感激して涙した。

教会のスクリーンには新婦と父親の思い出のシーンが映し出されていた。
幼児期から思春期迄の父親との関わりに焦点を当て、思春期からの父親との対話が少なくなり、幼少期との父親との関係には戻れなくなるが、言葉には発する事はなくとも、気持ちは感謝の念を抱いていたと言うシナリオの映像が、バージンロードを共演する前に盛り上げる企画になっている。

この辺りは形式的な挙式とは事なり、非常に良かったと思う。
いつの間にか、自分事になっていた。

しかし、なぜ娘と父親の関係はそうなるのだろうか。
我が家でも全く同じようなので、何かのメカニズムが働くのだろうか。

一方で、新郎の家族を見てみると、お兄さんとも凄く仲が良く、父親と母親ともストレートな関係で、一家団欒の雰囲気を感じた。
そんな新郎も最後の花束を手渡すシーンでは号泣する場面もあり、本当に幸せな家族に囲まれて育ったんだなと感じた。

人生最大のセレモニーである結婚式。

20年前の自分の結婚式から比べるとウエディング業界も多様化していて、企画演出によって参列者を感動させるシーンが格段に違っている印象を受けた。

我が家の長女はどんな挙式をするのか、今回のようなシーンがあると困ってしまう。
涙が止まらなくなるかも知れない。

登校拒否の次女は無事に幸せな結婚にたどり着くのだろうか。

原点に帰り、未来の絵図面を描く必要を感じている。

登校拒否

我が家の4人の子供の末っ子が登校拒否になって10日余りになる。

3番目の次男に次いで、またもやの出来事に妻は当惑している。

次男と違って物静かな性格の彼女は、人見知りが激しく学校でも友達がほとんどいないと聞いている。
自分から話しかけたりする事が出来ないので、学校生活でも一人でいる時間が多いそうだ。

そんな状況を聞いて、私は深い悲しみを感じていた。
私が学校に出向いて、クラスに紛れ込んで彼女は本当は皆と話したくているのに、恥ずかしがってるだけだから、私も混ぜて皆で仲良くしようよ!なんて事を真剣に目論んだこともあった。
しかし、そんな事をしたら逆効果だと妻にも子供にも言われお蔵入りしていた。

そんなある日、美術の授業の時間に、先生が夏休みの宿題をやって来なかった人は手を上げて下さいと言った時に、彼女は小さいゼスチャーを見せたが、先生はその存在に気付く事なく、今日は早川さんはお休みですか?と教壇から聞いた際に、ある男子生徒がはい、休みですよ!
と発したらしく、この出来事で自分の存在価値を失ってしまったようだ。

これは彼女と妻のLINEのやりとりで私は知る事になるのだが、その末文にもう耐えられないとあったのだ。
私はその瞬間怒りを覚えた。
まずは学校に連絡をして、担任の先生に自宅に来るように言った。
そして、美術の先生に連絡して事の真相を問い質した。
もしかしたら、先生は彼女が居るのを承知の上で、嫌味で発言したのではないですかと。
先生は困惑しながらも、誰がどこの席にいるかも把握していなく、本当に知らなかったと弁明した。
私は続いて質問した。男子生徒の名前を教えて欲しいと。
S君と知ったので、場合によっては直接呼び出して詰問するが、よろしいですね、と迫るがそれは困るので、とにかく担任の先生、校長と話をするのでまでは動かないで欲しいと言われた。

その後、校長室から美術の先生から連絡があり、翌日S君に事情を聞いた上で、担任の先生から連絡をするとの事だった。

結論はS君も知らずに言ってしまい、反省しているという。

まぁ、知らぬ存ぜぬで通す構えなのか、本当に知らなかったかは、当人達でしか解らないし、
また、その事を突き詰めても、原因は彼女本人だと理解しているので、手仕舞いにした。
月末に担任の先生が自宅に来るので、そこでじっくり話をしてみたい。

私の個人的な意見は学校に行く必要はないと思っている。
もう耐えられないと彼女が発した言葉は様々な意味を見て取れる。
よくぞ、今までつまらない学校に行っていたのが、私は正直不思議だった。

友達もいない、休み時間は机に伏せて誰とも接しない学校生活が楽しいはずがないからだ。

全ての原因は本人が発しているのだから、今回の出来事だって必然なのだと思う。

だが、そこの壁を越えない限り次はないと思っている。
それが、学校生活で叶える事は今は出来そうにない。

本人は頑として登校拒否をしているので、いくら妻が声高々に言っても効き目がない。
私はむしろ、行かなくていいと言っている。
堂々と行かない選択をして、次を考えながら期を見るしかないと思っている。

我が家の恥をさらすようだが、4人の子供のうち3人が中卒になってしまいそうである。

あるお笑い芸人が、うちは子供が4人いて大学を卒業させるまでに、相当な学費やらを要する事になるので、大変ですと言っていた。

それに比べると我が家は、言わずもがなである。

ラスベガスコンベンション

ラスベガスで毎年行われるセルフストレージのコンベンションに参加をした。
全米ストレージ協会SSA主催のイベントは世界各国からストレージ企業がラスベガスに集結する。
私を含む日本JSSAの理事で構成するメンバーが参加するのは今回で3回目だ。

朝7時からJSSAとSSAの幹部ミィーティングがスタートする。
概ね、SSA側がアメリカのストレージマーケットの現状と課題をシェアする。
その後JSSAのメンバーから質問を受ける形式で進行されるのだが、先方が現状の話をしている途中に我々がバンバン質問してしまうのだ。

特にJSSAの理事長を先頭に朝からハイテンションで、質問の連鎖に通訳はてんてこ舞い、おまけに一人がメモを取っていると私を含めた理事が浴びせ倒すように質問する展開になる。
これでもか、これでもか、という質問に対して先方は悪い気がしていないらしい。
むしろ、そのような姿勢を歓迎する風潮があるようだ。
但し、彼らのスケジュールもタイトなので時間になると途中であっても退席する。
質問に対する返答に、更なる質問が重なる展開に、つい先方との時間を忘れてしまうほどだ。

その成果もあり、収穫は大きく三つあった。
一つは全米のマーケットは現状良好で拡大基調にあるということ。特にニューヨークでの
出店が大手を中心に相次いでいるという。

二つ目はテクノロジーによるオペレーションシステムの仕組化にある。
素晴らしいシステムになっているので驚愕してしまった。
まるで日本は戦前期ほどの時代遅れの印象があった。

三つ目はデータの共有と活用の構築にある。
ストレージ企業各社が顧客データを共有しているのだ。
これも驚きと共に日本のストレージを産業として発展するためには必定と感じた。

JSSAとしても明確な課題を収穫できて協会、または各企業としても新たな取り組みに挑戦する目標を得ることができた、充実したコンベンションであった。

また、滞在期間中に改めて感じたことは物価が高いこと、酷暑で空気が異常に乾燥しているので唇が直ぐカサカサになってしまう。
コンビニやドラッグストアなどは近くに無くてとても不便である。
朝食は平気で2000円する。トースト、目玉焼き、ベーコン、フライドポテト、定番のアメリカン朝食メニューで、しかもコーヒーは別勘定なのだ。
日本のファミリーレストランだと400円位だから実に6倍の値である。
おまけに消費税の他にチップが15%から20%かかるので、初日に朝食をした時の勘定
が3000円位だったのでびっくりした。

観光で数日間の滞在ならまだしも、とてもこのエリアでの生活は一般的には困難を極める。
また、酷暑のうえ空気が乾燥しているので肌が直ぐカサカサになる。
散策するには日差しが強すぎるし、ホテルに入るとエアコンがビンビンに効いているので寒すぎる。まるで火星で暮らしているような感じである。

コンベンションがなかったら絶対にプライベートでは来ないだろう。
来年も来ることになると思うが、ハワイ経由でのラスベガス入りを考えている。