姉妹

こうも性格の違いが如実に表れるものかと驚いている。

我が家の姉妹は仲は良いのだが、性格は真っ二つに分かれる。

長女がアナログかつ現実現場なのに対して、次女はデジタルの仮想現実の世界に生きている。

二人に共通しているのがイケメン好きである。

しかし、現実現場の長女は取っ替え引っ換え、男を自宅に連れてくる。
まぁ、呆れる位に色んなやつを連れてくるのだ。

何組か一緒に酒を飲んだ時もあったが、長続きせずに次に家に連れてくるやつが別人になっている。
ある日、違う男を連れて来たので、「また違う男を連れて来たな」と二人の前で言ってやったのだ。
長女が苦虫を噛み潰したような顔を見せたのは言うまでもないだろう。

おしなべて背が高くイケメン風なやつが多いので、どっちが遊ばれているのか、遊んでいるのか検討がつかない。
ある情報筋からホストだとの情報もあるくらいだ。

本当にアクティブである。

一方で次女はSNSのツイキャスを駆使して、仮想現実の世界でイケメンと遊んでいる。
当然、自宅に男を連れてくるようなリアルな現実はない。
朝から夜中までスマホを手放さない、典型的なスマホ依存性になっている。
つまり、現実現場がないのでリアルな体験をしていないのが、私としては非常に気になっている。

二人を比較すると外面が良く積極的な印象を与える長女に対し、外面は悪く消極的な印象を与える次女も自宅ではスマホを片手にガンガンやっている。

先日、仕事でこんな話を聞いた。

IT企業の経営者で優秀なT氏はボランティアチームのリーダーをしている。

3:11の震災の翌日には福島入りしていたそうだ。
まずは役所に行き担当課で震災後の実行部隊の編成にあたり、役所の役割を明確にすることを説いてまわり、それから現場で自ら作業に励む傍ら、炊き出しや物資の搬入のリーダーシップを発揮している。

ボランティアが現場で食事をすることが出来ないため、コンビニで食糧の調達をしに出かけるそうだ。
しかし、棚にはほとんど商品がなくなっている中、並んでいた小学生の女の子がビスケットを手にしレジの前に立った時である、女の子は商品を買うためのお金を募金箱に入れ、手にしていたビスケットを棚に返してコンビニを後にする姿を目撃したと言う。

何とも美しい、人として魂レベルの高い尊い話である。
聞きながらも涙する感動的な話をT氏から伺った。

究極的な場面に直面した時に自分の事より、他人の事を優先して行動出来る人間が何人いるだろうか。

我が家の子供たちにも魂レベルの高い人としての成長を願う。

買ったら売らない

買ったら売らない、これは原則だよ。

先日、不動産賃貸業の大先輩から聞いた言葉だ。

ポイントは減価償却にある。

この先輩は減価償却は国の助成金だと断言するのだ。

つまり、せっかく減価償却をしたのに、売ってしまったら売却益が出てしまい、
元の木阿弥になってしまう、実にシンプルな話だ。

先輩はこんな事も助言してくれた。

このモデルケースとして賃貸収入を目的とする、アパートやマンションがあるが、新築を買ったり、土地を買って建物を新築するやつは馬鹿だと言い切る。

減価償却期間が長いため、償却メリットが薄いのだ。

買うなら中古で古い建物付きを狙い、短期間の償却が取れる物件に目をつけている。
しかも、買ったら売らない。
ずっと持ち続ける事が肝要になる。

私も最近つくづく感じる事で、賃貸業はキャシュフローが絶対的に重要になってくる。
せっかく稼いだ賃貸収入も利益が出た分は税金が発生する。
おまけに、所有しているだけで固定資産税、金利、修繕費がかかる。

ふたを開けてみたら、手元にキャッシュが残らない、しかも入居率が低下すればマイナスに転じるため、追銭が発生してしまう構造になっている。

究極の賃貸業はトランクルームだと確信している。

私どもで実際に十数年やってみて、キャッシュが残って行くのが実感している。
しかも、土地を所有することなく、借りて運営出来るので利回りが圧倒的に高く、減価償却が短期間で償却出来るメリットが合わさり、キャッシュを稼ぐエンジンの役割を担っている。

中には土地を買って運営しているケースもあるが、気がつけば買ってからは売っていない。

私自身、不動産だけでなく無意識で買ったら売らないようだ。
例えば、車とか、バイクなども買ったら売らないでいる。

何だか買ったら売ると損をするような感覚があるからだろう。
一時的には儲かったり、お金になって何かの種銭になるようだが、持っている方が安心していられる性分なのだろう。

何かの有事があったり、どうしても資金が必要な時になって、それらが担保されている奥の手として、最悪のケースでの一手が打てるという強みがあるからだ。

買ったら売らないでキャッシュフローがあると、そのキャッシュで買い増しが出来る。
するとまたキャッシュを生み出す、これを繰り返すと毎月振り込まれてくるキャッシュが雪だるまのようにだんだん大きくなってくる。

このサイクルを積み上げていく、これがちょっとやそっとで潰れない会社にするための最善な方法だと思っている。

しかし、これからはオペレーションシステムを制する者が、市場を制する時代に入ったようである。

ラリー日本を振り返る

上賀茂神社境内のゴールには多くのクラッシックカーが集結していた。

福岡を出発して4日間、京都の終着点に何とかゴールする事が出来た。

車にさほど興味もない私が何故ゆえに参加したのか、それを今回のラリーで再認識する事が出来た。
ラリーと言っても、スピードを競うわけでもない。
太宰府天満宮や出雲大社、上賀茂神社など、世界遺産の由緒ある場所をクラッシックカー約80台で巡る、ツーリングのような趣きのレースなのだ。

レースの主催者である一般財団法人の理事長であるK氏に友人を介して初めて会った時のことである。

彼が本場のヨーロッパでクラッシックカーのレースに参加した際に、外国の人々が日本を詳しく語るのを聞いて衝撃を受けた、自分よりも日本の素晴らしさを知っているのは、日本人である自分を恥じる思いがあり、もっと日本の素晴らしさを知るべく、単身で日本の由緒ある各神社に飛び込み、神主にラリーの企画とビジョンをプレゼンして回り、神社の境内にクラッシックカーを乗り入れる事を実現させたのだ。

そして、世界遺産の神社をはじめ、その周辺やその地方の名所を巡り、地域の自治体との連携により各地がイベントにする事で、地域にお金が落ちて人々が集い活気づき、日本を元気にするという、ミッションがあるのだ。

この『日本を元気にする』ミッションを聞いた時、私が目指す夢と重なり、天然村を創る事を決めた時の想いと共鳴したのだ。

また、K氏が直接神社の神主に交渉するなど、彼の発想と実行力、熱意が常人と違うものを感じた事もあって、昨年からラリー日本に参加をした。

今回の福岡から山口県に入る関門海峡や、広島の厳島神社、京都の楽々荘など、私自身も初めて行った場所であり、日本の歴史や文化に触れる事の出来る貴重な体験を得るに至った。

そして、各地域との連携イベントがある事で、たんなるクラッシックカーのツーリング
で終わることのない、大変意義深い地域活性化の一つの取り組みになっている。

参加者のエントラントにしても、このようなクラッシックカーの趣味に乗じたイベントにより、自ら行く機会がほとんどない日常において、そのきっかけを与えてくれているのが、このラリー日本だとの声もある。

全くもってクラッシックカーに興味がなかった私は、エントラントの諸先輩の話を聞いているうちにその価値を知る事が出来た。

彼らは部品のネジ一つを世界中から探して回る旅をして、何度も訪ねるがそのネジになかなか出会う事がない中で、何とか探し出す事が出来た時の感動は何事にも変えられぬ達成感に浸るという。
車に対する想いや姿勢は、もはやオタクの域を超え、変態と感じてしまうのは私だけだろうか。

何かの趣味を通じたイベントで地域活性化の切り口にする。
これは、天然村を発展させる過程では必須になるだろう。

ラリー日本参戦 福岡-京都

今年でラリー日本参戦は二回目となる。

昨年は台湾で参加したが、国内では新しく車を購入しての初参加となった。

車はポルシェ911Sナロー、1969年式2000ccをこの日の為に調達した。

福岡から出発し京都までを4日間通して行われるイベントである。

初日は福岡の太宰府天満宮を出発点とし、広島まで約400キロの道のりを友人と2人交代で運転した。
コースは主催者が地域の魅力を感じてもらうべく、あえて高速道路よりも一般道を多く走るような設定になっている。
北九州から山口県までの里山の風景は、洗練された田舎の魅力を感じた。
野焼きした煙があちこちで立ち上がり、これが里山の風景と絶妙なコントラストになっている。
これは天然村付近でも見る事の出来ない、自然と人々が協調して創り出した素晴らしい田舎の風景だった。

2日目は広島から島根の出雲大社を経由して、鳥取県に入ったが気温が低い地域でスキー場があちこちに点在していた。

この時点で800キロを超えていたが、ポルシェは順調に走り続けていた。

しかし、3日目の神戸に向かう途中でアクシデントが突然起きたのだ。

山陽高速道路を走っていたら、突然アクセルが効かなくなり減速しはじめた。
まるで、ガス欠を起こしたような現象だった。

路肩に車を寄せて再びエンジンをかけるも全く駄目で、一台取り残された格好になってしまった。
早速、ラリーの洗礼を浴びてしまいクラッシックカーならではの苦い体験をしている。

ラリーのロードサービスに連絡したが、あちこちで故障や事故で対応しきれないと言う。
雨の影響もあるようだが、ここは焦っても仕方がないと諦め専属のメカニックに連絡して状況を説明した。
メカニックは先の休憩地点まで進んでいたので、戻ってきてもらい高速道路上で修理にあたってもらった。
原因は電気系統の部品が駄目になってしまったとの事。

この時点で途中リタイアが決定的となった。
まずは、神戸のホテルまでロードサービスで運び、そこで部品を調達して現地でメカニックによる修理を試みるつもりである。
だか、ここで修理困難な場合はゴールすること叶わず、棄権をしなくてはならなくなる。

今このブログをロードサービスで神戸まで向かう車中で書いているが、果たしてどんな結果が待ち受けてるかわからないが、クラッシックの社交の場で知り合いになった先輩方の話を聞く限りでは、この世界はまだまだ奥が深いようである。

すごい歯医者

歯医者に通いはじめて二ヶ月が過ぎた。

インプラントを念頭に治療を開始した。

様々な歯医者に通ったあげく、どこにしたら良いのか迷っていたが、天然村村長の伝手で田端にある「吉野デンタルクリニック」の紹介を受けた。

村長の前職が歯科技工士の営業マンだったので、インプラントで間違いない歯科医師をと言う事での経緯であった。

初診の時、クリニックに入った瞬間それが伝わってきた。

歯医者とは思えない熱気があり、患者さんが溢れていてスタッフの方々が所狭しと動き回っていた。
田端駅からすぐ近くのビル二階にあるが、クリニックの広さはそれ程大きくないが、スタッフの人数が多く、明るくしっかりとした接客をしていた。
まるで、サービス業と間違える程の感じの良い印象を受けた。

クリニック独特の冷めた感じの空間とは違い、田端という土地柄に近い下町のお医者さんのような暖かい空間である。
おまけに、患者さんとスタッフの熱気が溢れていて、つかの間の休息などは全くない雰囲気に包まれていた。
大繁盛のクリニックというのも可笑しな表現だが、もっとハッキリ言うと、シコタマ儲かっているクリニックである。
それは、患者さんには超がつく程の親切丁寧な接客に加え、絶大なる信頼を得ているのだから、大繁盛になって当然の結果を得ているのだ。

トップの吉野先生との会話から感じた事は成功の要素である、勉強好き、プラス発想、素直、この三大要素が全て備わっていた。
特に勉強好きは目を見張るものがあり、インプラントで有名な医師が揃っている九州へ単身乗り込んでの研修や、新しい医療機器やシステムの導入など、常に新しい情報を先取りする姿勢と実行力がある人物なのだ。

私は直ぐにでもインプラントの手術を望んでいたが、彼はむしろインプラントありきではなく、幾つかの選択があり、インプラントをやるとしてもそれまでに様々な治療を経て、計画的にやる必要性を丁寧に説明してくれた。
それもすごく熱意を込めて、まるで歯医者になるために産まれてきたような御仁である。

そんな彼もインプラントの権威ある立場となり、全国から彼の話しを聞きにくるまでになっていると言う。

いや、マクロで捉えると一般の企業にも通づる、成功のエキスがふんだんに溢れているので、異業種の企業も勉強になると思う。

やはり、熱意を持って自分の使命を全うしている人物は輝いて見える。

私もようやく手術の日程が確定した。

初診から四ヶ月の12月になる。

絶大なる信頼を経てからのインプラント手術は、全く不安がない状態で望める。