モデルS

米国の大起業家であるイーロンマスク氏のビジョンに共感して、注文したテスラ社のモデルSがようやく納車になった。

注文してから丸1年になる。

結論から言うと、この車はパソコンにタイヤがついた機能的な移動手段の電子機器である。

おまけに、近い将来にはアップデートされて、プログラムされた意思をもつロボットになる印象がある。

一番目を引く機能はアプリから遠隔操作が出来る点にある。
車体が常時インターネットに接続しているので、例えばどんなに遠距離でもドアの開閉が操作でき、エアコンやサンルーフの開閉も簡単に出来て、充電もボタン一つで開始する。
要するにガソリン車に例えると遠隔操作でエンジンがスタート出来るのだ。

これは、もはや映画のシーンにある無人で送迎が可能になるという事になる。

タクシーや代行業者に変わる新しい業態が誕生する事を示唆しているかのようである。

実際に運転してみて一番印象に残ったのが、ブレーキをほとんど必要としない機能が備わっている点にある。
それは、アクセルを離すと自動的に減速する機能があり、それをタッチパネルで調整できるのだ。
車高の高低もタッチパネルで簡単に操作できる。
従来の車は車内にあるボタンで操作するのに対して、モデルSはほとんどの操作がタッチパネルで加減が調整できてしまう。

しかし、重要な課題が一つある。

それは、走行距離が想定外に短い事にある。
フル充電して、300Kmに届くかどうかである。

例えば、少し遠めのゴルフ場で1時間30分かかるとすると、ちょうど往復で少し余る程度の感じだ。

遠出するとなると心もとないのが現状である。

充電は六本木のグランドハイアットホテルにある充電施設、スーパーチャージャーを無料で利用出来て、約1時間でフル充電になる。

しかし、自宅に備えた充電機の場合はフル充電まで6時間を要する。
また、容量が60Aだとブレーカーが直ぐに落ちてしまう。

先日も、娘がシャワーを浴びているとブレーカーが何度か落ちて、大クレームになってしまった。
「パパの都合で何度も電源落ちるなんて信じられない、電気自動車なんて変な車買うからだよ!」
私もついカッときて、「お湯が出ないなら水を浴びろ!パパは毎朝水を浴びてるんだから少しは見習いなさい!」
何とも訳のわからない言い分になってしまった。

要するに日常生活に支障が出てしまうのだ。

そこで、電気容量を100Aに変更する手続きを済ませた。

今後の課題である充電システム、インフラが広がりを見せてくれると、電池残量を気にすることなくドライブが楽しめるようになる。

ガソリンの燃料費に比べて格段にコストがかからない他、地球温暖化に貢献できる社会的に意義ある電気自動車、またそれに類する燃料電池車がこれからの車の主流になるだろう。

鮨職人

恵比寿の雑居ビル5階にある「鮨早川」の店主である弟から珍しく食事の誘いがあった。

銀座にある「鮨青空」に一緒に行って欲しいとの事だった。

彼も私もまだ行ったことはなかったが、ここの店主があの数寄屋橋次郎で修行した人物だという。
銀座8丁目の雑居ビル3階にある鮨青空は「はるたか」と読むそうだ。
店主の名前がそうらしい。
弟が40歳になるが一つ上になるようだ。

10年前にこの場所で創業して、ミシュラン二つ星を獲得して名乗りを上げた実力派だ。
次郎で修行した際は、辞めるまでに鮨を握る事がなく、裏方での日々が続いていたが、店が終わってから密かに握りの練習をしていたそうだ。

そんな銀座の名店で何かを感じ取り、自らの学びとしたかった弟が約二か月前に予約をしたのだ。
カウンター10席と小上がりのある程度なので、予約はなかなか取れないようだ。

店に入りカウンター席に座ると、板場にいた店主がすっと厨房へ移動した。
弟曰く、同業が来たから抜かるなと調理場へ気合いを入れに行ったと言っていた。

彼ら鮨職人は雰囲気で直ぐに察知するらしい。
弟も見るからに職人丸出しで、私は鮨を握っていますと言わんばかりの顔なのだ。

調理場から戻った店主は今日はどうしますか、と我々に尋ねた。
弟はお任せしますと言った。

彼らのような鮨屋では、握りかコースの選択をするようだ。
握りの場合、つまみ料理は一切なくて好みのネタを注文するか、店からお任せのネタが出される仕組みになっている。

握りだけの場合、一人2万5千円位、コースだと3万5千円位のお代になる。

席を見渡すとカウンターの奥に陣取っている年配のカップルは常連さんのようだった。
食べ慣れている雰囲気が漂っていた。

驚いたのは1人客が目立っていたのだ。
私の隣とその隣も男性1人で、熱燗をちびちびやりながらも、コハダとガリの巻物を注文したり、からすみを一枚とか、いかにも通な感じの職人とのやり取りをしていた。

私はどんな奴だろうかと横を振り向き顔を拝んでみると、まさにオタク系父ちゃん坊やなのだ。
この手の店にはよく出没すると弟は言っていた。
弟の店は当初、この手の輩を受け入れたくない為に、1人客お断りの方針だったらしい。

何か面倒くさくて、薄笑いしながら食べている姿を見ると、気持ち悪く背筋が寒くなるからだと言っていた。
しかし、食べログの書き込みとかも彼らが主役のようなので、無下に出来ない実情があるようだ。

食後に弟から今日のディブリーフをしたいからお茶を飲もうと誘われた。

弟の感想は、海苔が決定的に違う5段階で最上ランクのものを使っていて、尚且つ炙っているので、パリッとした食感はひと手間かける次郎流だと絶賛していた。

私の感想は一言で表すとコスパが悪い。

しかし、ネタが最上級の中でも特にとんがっていたのがウニと赤貝だった。

この2品はこれまでに味わったことのない絶品中の絶品だった。
ウニは濃厚なこくの効いた甘みと、塩の加減が絶妙にマッチしたものがじわーっと口の中で広がっていく感じは素晴らしかった。
赤貝はその場で殻から取り出す手間のかけようで、見たことのないプリプリした肉厚は赤貝本来の味が凝縮していた。

世の中にこんなウニや赤貝があるんだなと思い知った体験をした。

地方で取れる最上級ランクの魚介類は、東京でこの手の店が破格の値段で買う構造になっているので、東京の格式高い名店でしかお目にかかれない。
地元は我慢をしてランク3〜4程度が美味いとされる所以だと理解できた。

弟が今回学んだ事で、どんな手間をかけた仕事を見せてくれるか、これからが楽しみである。

大分視察

K氏は72歳になる障害者だった。

この日初めてお会いするまでは、印鑑専門店を経営する人物が10年前にアクアポニックスを発明して特許を取得してると聞いていたが、実際に現地を訪れてみると、本当に古びた印鑑を売るお店に電動車椅子に乗っている初老の人物が待っていた。

店内には水槽が幾つかあり魚が泳いでいた。
非常にシンプルな作りで水槽の上に野菜が育っていたが、何か特別な装置というより観葉植物が水槽の上に存在している印象で、想像していたものよりも簡易的なものであった。

私が最初に目についたものは額に飾ってある一枚の絵であった。
その絵は「みんなの長屋」と題したコの字型に配置された長屋を取り囲む庭で、子供達が手を繋いで遊んでいる風景があった。

私がK氏に訪ねると、現代の隣り近所の希薄な人間関係を昭和初期までは当たり前にあった家族同然の付き合い方を再現させるのが、私の夢だとはっきり言っていた。
その為にこの長屋コミニティをハードとソフト両面で確立する必要がある。
夢を実現するにはK氏は残された時間は少ない。

私が感動したのは、72歳になっても夢が明確にあり、障害者のハンデをもってしても諦めないメンタルの強さだ。
また、天然村にも通じるものを感じて私は息子さんの事を質問した。

何と彼の息子は高校二年生であった。

アクアポニックスの装置も息子のお導きによって実現したのだ。
息子は魚が好きで水槽で魚を飼育していた事がきっかけとなり、たまたま水槽の上に植物を置いていたら、成長速度が信じらない位の早さと大きさになったのが、この研究を始めたきっかけになったそうだ。

私は息子には会えていないが、何か不思議と縁深いものを全身で感じとった。
K氏の夢を実現するのは息子と我々が関与するような直感があるのだ。

これまでの研究成果を写真と共に説明してくれた。
そして、我々の質問にも明快に答えてくれた。
この研究結果を生かして自ら事業にすることは困難であることから、我々にそれを実現して欲しいと言っていた。

確かに魚の糞を栄養分にした野菜は成長が著しく、本来のオーガニックな野菜がたくさん収穫出来て、野菜の発する微生物が魚の栄養分になっているので、魚の動きが別な水槽と比べると明らかに違って活発になっている。

これを不動産とディスラプティブする事で、新たな場の活用が可能になり、イコムの事業の強みが発揮出来るのだ。

今回初めて訪れた大分別府、気候も環境も素晴らしい地域で、おまけに温泉の泉質が素晴らしく、郷土料理のコスパはハンパなく凄かった。

「由布御所」のヤマメ塩焼きは大きく身が柔らかであっさりした脂がのっていて美味しかった。
「ろばた仁」では、郷土料理の鳥てんが驚くほど柔らかくジューシィーで締めのだんご汁も最高だった。
「友永パン」は朝から大行列が出来る大正時代からの老舗パン屋さんで、バターフランスという品は絶品で並んで待っただけの価値ある一品であった。

こんな素晴らしい場所で天然村プロジェクトが動く事になるとは、本当に夢を追うのに相応しい条件が揃っている。

K氏との出会いに感謝である。

大掃除

捨てすぎてしまったようだ。

年末年始にかけて猛烈な大掃除を実施した。
延べ16時間に及ぶ掃除は捨てる事から始まった。

本来の清掃の本筋は捨てる事にあると確信している。
表面を綺麗にするのは本当の掃除ではない。
捨てたところの場所を綺麗にする、または、物を動かして元の場所を綺麗にする、要するに見えない場所を徹底して綺麗にする事が肝要になるのだ。

ところが、我が家では私が毎朝トイレ掃除を徹底してやっているが、他の場所は妻に任せていた。

実は妻は掃除が凄く下手なのである。

捨てる事が出来ずに溜めているのが最も大きな要因だ。
何年も着ていない洋服や、賞味期限切れの食品は冷蔵庫から捨てられずに残っている。
おまけに、調味料なども賞味期限切れになって数年経過している品も多々ある。
また、空き缶や空瓶も上手に処分出来ずにいる。

そんな状況を見て注意を促していたが、一向に改まらないので今回の年末年始の機会に徹底してやろうと思ったのだ。

とにかく捨てるところから始めた。
ビニール袋をしこたま用意して分別しながら一心不乱に休みなく朝9時から夕方5時までぶっ通しで二日間やった。

気がつくと思い出の写真や品々、衣類、通帳、印鑑、お気に入りのコート、学校のジャージなど、ありとあらゆる余分な物を全て捨て去っていたのだ。

呆れ返って言葉を失った妻は、まるでブラックホールに吸い込まれて別次元に連れて行かれたかの様であった。

おまけに冷蔵庫の中の物は全て捨て空っぽの状態、調味料も賞味期限の有無に拘らず全て捨てた。
とにかく捨てる事にこだわったのだ。

本当に綺麗に何もなくなってしまった。

そして、ここからが本番で冷蔵庫を移動して裏に溜まった沢山の埃を取り除き、雑巾がけをしながら全ての棚を出して綺麗にした。
洗濯機も同じ様に歯ブラシで髪の毛を取り除き、浴室も同様にレールの汚れを歯ブラシで取り除いた。

この様に、全ての物を移動してやり終えた。

疲労困ぱいで腰が痛く、しばらく放心状態であった。

しかし、妻が現実の世界に舞い戻った際には、怒りが込み上げて私を猛烈に非難した。

捨てるのも加減があると言っている、至極まっとうな表現だと思うが、捨てるという行為はそれほど難しいという事だろう。

私は謝らなかった。

捨てる事の価値観のギャップが大き過ぎるからだ。

思い出の品々や写真も時々見返すから価値があるわけで、押入れやクローゼットの奥に他のゴミとも思える紙と一緒にしてあれば、それは不可能なわけで私にしてみれば、もうそれは永遠に見ることのないゴミと化しているのだ。

妻の言い分は、いつかは必ず使うからとっておく。
しかし、残念ながらいつかはやって来ないのを理解出来ないのだ。

今回のように私が強引に全て捨て去らない限り、本来の清掃が実施出来ないのだ。

普段から整理整頓して初めて成り立つ事で、それを理解させようにも全て捨て去った後には、もはや困難なわけで、何とも硬直した時間を過ごす事になってしまった。