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社長ブログ2015.01.04

大掃除

捨てすぎてしまったようだ。

年末年始にかけて猛烈な大掃除を実施した。
延べ16時間に及ぶ掃除は捨てる事から始まった。

本来の清掃の本筋は捨てる事にあると確信している。
表面を綺麗にするのは本当の掃除ではない。
捨てたところの場所を綺麗にする、または、物を動かして元の場所を綺麗にする、要するに見えない場所を徹底して綺麗にする事が肝要になるのだ。

ところが、我が家では私が毎朝トイレ掃除を徹底してやっているが、他の場所は妻に任せていた。

実は妻は掃除が凄く下手なのである。

捨てる事が出来ずに溜めているのが最も大きな要因だ。
何年も着ていない洋服や、賞味期限切れの食品は冷蔵庫から捨てられずに残っている。
おまけに、調味料なども賞味期限切れになって数年経過している品も多々ある。
また、空き缶や空瓶も上手に処分出来ずにいる。

そんな状況を見て注意を促していたが、一向に改まらないので今回の年末年始の機会に徹底してやろうと思ったのだ。

とにかく捨てるところから始めた。
ビニール袋をしこたま用意して分別しながら一心不乱に休みなく朝9時から夕方5時までぶっ通しで二日間やった。

気がつくと思い出の写真や品々、衣類、通帳、印鑑、お気に入りのコート、学校のジャージなど、ありとあらゆる余分な物を全て捨て去っていたのだ。

呆れ返って言葉を失った妻は、まるでブラックホールに吸い込まれて別次元に連れて行かれたかの様であった。

おまけに冷蔵庫の中の物は全て捨て空っぽの状態、調味料も賞味期限の有無に拘らず全て捨てた。
とにかく捨てる事にこだわったのだ。

本当に綺麗に何もなくなってしまった。

そして、ここからが本番で冷蔵庫を移動して裏に溜まった沢山の埃を取り除き、雑巾がけをしながら全ての棚を出して綺麗にした。
洗濯機も同じ様に歯ブラシで髪の毛を取り除き、浴室も同様にレールの汚れを歯ブラシで取り除いた。

この様に、全ての物を移動してやり終えた。

疲労困ぱいで腰が痛く、しばらく放心状態であった。

しかし、妻が現実の世界に舞い戻った際には、怒りが込み上げて私を猛烈に非難した。

捨てるのも加減があると言っている、至極まっとうな表現だと思うが、捨てるという行為はそれほど難しいという事だろう。

私は謝らなかった。

捨てる事の価値観のギャップが大き過ぎるからだ。

思い出の品々や写真も時々見返すから価値があるわけで、押入れやクローゼットの奥に他のゴミとも思える紙と一緒にしてあれば、それは不可能なわけで私にしてみれば、もうそれは永遠に見ることのないゴミと化しているのだ。

妻の言い分は、いつかは必ず使うからとっておく。
しかし、残念ながらいつかはやって来ないのを理解出来ないのだ。

今回のように私が強引に全て捨て去らない限り、本来の清掃が実施出来ないのだ。

普段から整理整頓して初めて成り立つ事で、それを理解させようにも全て捨て去った後には、もはや困難なわけで、何とも硬直した時間を過ごす事になってしまった。

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