強気と弱気

花見で賑わっている檜町公園を歩いて六本木泉ガーデンに着いた。
暖かく風もない素晴らしい天候に恵まれて結婚式が行われた。

当社の女子社員Tらしく、都心にて屋外での挙式は従来の発想にないもので、ナチュナルでセンスのある企画であった。
また、披露宴会場もレストランを上手く利用した南国風の雰囲気を演出した、形式にとらわれないものだった。

私は乾杯の発声と祝辞を述べた。

新郎とは初対面だったが、Tとは正反対の性格のようで不思議と夫婦は自然に自分とは間逆のタイプを選択しているようだ。

それを象徴するエピソードを交えて話をした。
彼女が当時私に話しをしてくれた内容が今でも印象に残っている。

Tは30歳になるが、昨年の誕生日を迎える前に一歳年下の新郎に一石を投じた。

付き合っている仲で30歳という女性にとっては非常にデリケートなラインである。
結婚の約束までは無くとも、何かそれを互いに意識する言葉が全くないままにラインを超える事に納得がいかないTは王手飛車とりの手を打ったのだ。

私はあなたが結婚を前提とした付き合いでなければ、自分自身の道を行くのであなたの気持ちをハッキリ聞きたいと迫って動いた。

強気と弱気が交錯する株式相場に例えるならば、強気相場の時は誰でも買いやすく心理的にもイケイケの状態であるが、弱気相場に転じると売りが売りを呼んで棒下げ状態になり、買い手がいなくなる。
この時が本当の買い場になるのだが、弱気相場の時に自分が強気で望めるか、逆に言えば強気相場では売りを、弱気相場では買いを出せるかが肝になる。

これと同じ心理がTにも当てはまる。

彼女はいうなれば30歳になると弱気相場になり心理的にはなかなか強気に出れない場面であるが、そこを突破して一石を投じた価値は高いと見る。

仕事の交渉でも同じだか、弱気相場の時にここ一番の強気の一手が打てるかどうかでその後の戦況は違ってくる。

私がスピーチをして新郎がどんな気持ちになったかは定かでないが、飛車を失ってからは新婦のペースで事が運び詰んで投了になったのだろう。
さすがにそこまでは話をしなかったが、ここ一番での押しの強さが決定的になった事は間違いない。

マイホーム

17年前のお客様より会社へ連絡があった。
受付したスタッフより先方から連絡する旨承っていたが、連絡先を聞いていたので私から連絡してみた。

Nさまとは、当時売り建て方式で土地を購入してもらった後に、建物を新築するという建て売りの逆バージョンだった。
当時で土地と建物を合わせて7000万円を超えていた。
開発現場としての面積はかなり大規模区画になっていて、プロジェクトとして売主2社、建築請負業者、建築設計会社、販売会社が数社関わっていた。

当時は売買仲介を主力業務としていて、Nさまの他に2名のお客様の販売を仲介した。

Nさまに電話をすると最近は目の調子が悪く外出も大変なので、自宅に来て欲しいと言われてNさまのお宅に伺った。

ご夫婦とも17年ぶりにお会いした。

お二人とも70歳を過ぎていたが、声のトーンや雰囲気は当時のままの印象だった。

ご主人が当時の不動産取引に関わるファイルを持ってきて、気にかかっていた事を幾つか質問された。
ご自身亡き後の事を心配され、権利証や領収書、謄本など必要な書類と印紙関係を確認して次の世代の為に遺品整理をしているのだ。
私の役目は書類が正しく整っているか、この一点だけである。

Nさまは几帳面な方なので、書類関係は当時のまましっかりと保管してあった。
契約書関係の書類は当時私が書いたもので、あまりにも簡素な書式だったので、とても7000万円の買い物をしたとは思えない痕跡が残っていた。

やはり、私はこのような仲介業務は向いていなかったのだろう。

まさにこの翌年には仲介業を捨てる決断をして、大家業の道へと進む第一歩を踏み出した年になるからだ。

この決断がなかったら今のイコムは存在していないだろう。

現に当時のプロジェクトに関わった会社は全て消滅し、今は世の中に存在していないのだ。

Nさんには申し訳なかったが、捨てた時から全く連絡しないで今日まで来てしまった。おまけに売主も建築会社も潰れてなくなり保証も何もあったものではない。
時代は変わって土地も下がり続け、Nさまの土地価格も当時から比較すると半値近くになってしまった。

しかし、Nさんご夫婦は大変条件の良い土地を紹介いただいて満足していると17年経った今でも言ってくれる。

マイホームを一生懸命働いて購入し、自分の城としてのステータスを確立したNさま。
退職金で住宅ローンを全て返済した。

17年ぶりに遺品整理のために呼ばれた私はNさまを見ているとマイホームとは何と無情なものなのかと感じてしまう。

マイホームに生涯働いた賃金の大半を費やし、遺品整理にまで気を配るマイホーム。

残された家族にとってマイホームはどんな意味を持つのだろうか。

子供にとってはもっと駅の近くで便利なマンションの方が住みやすくなるかも知れない。
あるいは、グローバルな時代になったので海外に転勤になることだってありえる。

今、社会問題になっている空き家だって、かつてはNさまのような履歴があったかも知れない。

そう考えるとマイホームを購入する選択は見つかりそうにない。

センス代行サービス

友人から面白いサービスをしているところがあると聞いて直ぐにアクセスしてみた。

クラウド的な仕組みは現代にマッチしたサービスだった。

ファション代行サイト「bemool」オシャレな女性が男性の為に服を選んで自宅に届けてくれるのだ。

私のようにファションセンスがない男としては大変ありがたいサービスである。

まず、サイトからスタイリストを選択する。
7名のラインナップから好みの2人を選ぶ。
基準は必然的に自分のタイプの女性になる。

予め決められたフォーマットにサイズを入力し好みの色や趣向、写真を送ると選択した2名のうちどちらか一人のスタイリストがコーディネートしてくれる。

予算感は最低3万円からでアウターから靴までチョイス出来る。
私は3万円の予算でアウター、インナー、パンツ、靴を依頼したが、メールのやり取りで予算がオーバーしてしまうので、金額を上げるかアイテムを減らすかの選択になったが、予算は気にしないでコーディネートして欲しいと伝えた。

すると、スタイリストから2つの提案があった。
どちらも3万5千円位だったので両方注文してみた。

彼女たちは、入手した情報の中でコーディネートするのだが、自宅に商品が届くまでは詳細は明らかにされない。

そんなメールをスタイリストとやり取りをしていて気づく事があった。
メールのレスポンスはさほど早いわけではなく、土日に関わらず深夜に至るまでメールが届くところを見るとかなり忙しくビジネスは繁盛していると見た。

初めてのやり取りから商品が届くまでに約2週間だった。
ダンボールに詰められた商品は確かにセンスを感じるものだった。
出した予算もあって、質はともかくオシャレ感があり、自分では絶対に選択しないであろうアイテムが揃っていた。

パッとみたところ、仕入れは半額位ではないか。
2週間のタームを考えると彼女たちもネットで商品を吟味して購入するのだろう。
あるいはスタイリストは在宅でも仕事が可能なので、事務局のコストだけを考えたら数が増えると粗利50%とすればそこそこ商売になるだろう。
但し、どこまでマーケットがあるかどうかだ。

ファションセンスがあったり、自分のこだわりがある人達には実際に店舗に足を運んであれこれと選ぶ楽しみもあろうが、私なんかはそこに何の価値も見出さないので、代行してくれてかっこいいファッションが実現した方が断然いいのだ。

このようなグランド的な発想のサービスは益々繁栄していくだろう。

1日1食

あれから2週間、だいぶ慣れてきた。
天然村スタッフ安斎から1日1食を勧められて徐々に身体を慣らしてきた。

私は通常2食で朝がスムージー、昼は気にしないでたくさん食べ、夜は炭水化物を除いたものを普通に食す。
実質2食の生活をしていたが、毎日運動は欠かさないので、体重を気にすることは全くなかったが、花粉症の要因として食べることにありと安斎に指摘されて実行に移したのだ。

やり始めた当初は、昼過ぎの14時位になると空腹感がピークになり、そばやうどんを軽く食して夜は以前のままで徐々に食べる量を減らしていった。

そして、身体が慣れ始めてから最初の食事を16時にするようになった。
この時間まで待ってたくさん食べると、夜は空腹感は少なく1日1食のサイクルが回しやすくなるからだ。
その際は空腹のストレスを一気に解消すべく、炭水化物も何もお構い無しにしこたま食べてやろうと意気込むも思ったより食べられないこともあった。
胃の状態が通常より小さくなったせいだろう。

こんな感じで徐々に1日1食に慣れてきた。

すると友人からある本を勧められた。
「食べないひとたち」マキノ出版 である。

本当にそんな人たちが存在するのか半信半疑で読み始めてみた。
完全に不食ではないが実際にそれに近いことをして生活している人物が紹介されていた。

例えば、6年間水も飲まない弁護士、18年間1日青汁1杯鍼灸師、不食の人体実験に自ら挑んだ思想家など、彼らが体験した実例に驚愕してしまった。

さすがにここまで行くと花粉症どころでなくなってしまう。
と言うよりも、この話を周りの人に伝えると気が触れた異常な人として、私自身が変人扱いされる始末、おまけに宇宙人だとも言われ押し黙ってしまった。

間違っても不食を目指そうとは思わない。

食べる事が人一倍楽しみがある私にとって不食なんて無縁である。
1日2食だった頃は昼と夜の食事2回が楽しみでもあり、かなりこだわって店も選んでいたし、それが1回に減ったことで花粉症と相殺する選択をしたのだ。

いや、1日1食を実施する事で花粉症が治るとは限らない。

あくまでもテストランの期間でどの位の効果があるか検証している。

ストイックな私の事だから花粉の時節が過ぎたところで、このサイクルを元に戻すことのないのは容易に想像出来る。

空腹を我慢するプロセスも何となく楽しくなっている私は少し変かも知れない。

捨てたところに余白が出来る

捨てたところに余白が出来る。
経営は足し算ではなく引き算である。

約8年前に松井証券の松井社長から聞いた言葉だ。

何か一番大事にしている部分をやめる(捨てる)決断をする事で飛躍への一歩を踏み出す。
松井証券は当時営業マンが外回りをして注文を取ってくるのが、当たり前だった頃にそのやり方を捨て、オペレーションで注文を取るやり方に変えたのだ。
そして、インターネットの時代が到来してネット証券の黄金期がやってきた。

先に足すのではなく捨てることを先にやることが肝要になる。

思い切って一番大切な価値感あるやり方を捨てる。

当社も18年前に主要業務の不動産仲介を捨てた。
仲介から直接借りたり貸したりする当事者に転換する事で、フローとしての仲介手数料ビジネスからストックとしての賃貸料を稼ぐヒジネスへと変わったのだ。

おかげでEBITDAが(償却前の営業利益)2億円になった。
仲介をやっていたら、捨てる事をしなかったらこの数字は出せなかっただろう。

しかし、18年間足し算でやってきたが、この辺で思い切った引き算をする時期が迫っているようだ。
一番大切にしているやり方を捨てる事で次の飛躍軌道に乗せるのだ。

時代の変化がより一層スピードが増しているために業界を問わず大手から中小企業まで現状維持のやり方をやっている会社は消滅して行くだろう。

先日、東証一部上場企業の社長Y氏とランチ会があって話を聞いたら、最近Y氏へ銀行や証券会社が国債を積極的に勧めてきているようで、彼らは国債が売れると国から手数料がもらえるそうだ。
とにかく、国債を売りまくっているらしいのだ。
国が銀行や証券会社に手数料まで出して国債を売っているのだ。

これは危ないと見るべきだろう。

金利が上がったら最後、あとは債権債務の相殺でチャラにして手仕舞いする算段ではないか。

まぁ、こんな背景からも読めるが環境が激変しても耐え得る会社に、ビジネス構造に変化しておく必要性がある。

それが、捨てる事にある。

それは、今はここに書けないが英断するしかないだろう。