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社長ブログ2015.06.14

ヴィバッサナー瞑想

10年前になる。
初めて参加をしたのが、京都の施設でヴィバッサナー瞑想を体験した。
京都駅から私鉄に乗り換えて降りた駅には、黒人女性から白人の人々が目についた。
今でも強い印象に残っている。
海外から体験しに訪れるほど貴重なものかと、当時はワクワクして初日を迎えたような思い出がある。

このコースは10日間ずっーと1人で瞑想しているだけなのだ。
しかも、早朝4時から夜9時まで座りっぱなしで、誰とも話しはしてはいけないし、おまけに誰とも目を合わせてもいけない、自分とのみ向き合う時間を10日間過ごすのだ。
そして、外部からの連絡や通信も閉ざされる。
本当に緊急時に限りそれは許されるが、コースの最中に起こることは滅多にないようだ。

私の場合は、仕事で連絡があったが、取り次いでもらえなかった事があった。
その程度では駄目らしい。
しかし、仕事に戻るとお客さんはカンカンに怒っていた。
事情を話すも理解を得られるどころか、かえって火に油を注ぐことになった。

よく考えれば当たり前の事だが、当時の私は誠意を尽くして説明したつもりだったが、一般的には理解を得られる領域ではない。

だからと言って決して怪しい団体でもなければ、オカルトチックなものでもない。
誰か指導者がいるわけでもなく、料金も任意により人様々な金額としている。
インドで例えるとセバと言うボランティアの人々のサポートなくしては成り立たない運営とされている。

私の経験では、呼吸に合わせて身体の感覚を覚識していくプロセスになる。
要するに身体の感覚のみを感じる瞑想なので、無になるとか座禅のような足が痺れるとかではないのだ。

ただただ、毎日自らの身体の感覚を感じる。
そうすると、何日目だろうか、変化が出始めた。

うろ覚えだが、昔感じた身体の感覚が再現されて、それが解消されるようなセンスだ。
それは、精神的な面と肉体的な面の両方をカバーするようだ。

今回は8月のお盆休みを利用して新しく新設された千葉県で参加する。
10日間は長く感じられるが、新たな境地を巡る旅に出るようなワクワク感がある。

私の友人に話をしたが、自分には縁遠いことだし、やりたくもないと一蹴されてしまった。

一般的には馴染みがなさそうである。

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