分水嶺

親友Mからお金を貸して欲しいとメールがあった。

何度となくそれに応えてきたが、今回はキッパリと断った。

本人は気づいてないが、まだまだ余裕がある中で自分に対して甘えが抜け切れていないのが見て取れる。
今この瞬間に生きていたら、既に動いているはずなのだがそれがなかなか出来ないでいる。

彼の後輩達は必死に仕事と向き合っている。
ある者は、早朝から蕎麦屋で働き日中は別の仕事をこなしながら一生懸命やっている。
また別の人物は、1年間全く休まず朝から晩まで息継ぎなしの面かぶりクロールの仕事ぶり。
何れにしても今の瞬間に生きている。
人に依存することなく、フットワークよく自分自身に責任をとっている。

残念ながらMはそれが欠落しているのだ。
来年から新たな道が開けるかの正念場に立っている。

ここをまたぐと彼は本当に難しくなるだろう。
来年が分水嶺になる。

それはまるで私の近しい人達が同じような境遇と重なっているかのようだ。
家族では、長男を家から出して自立を促した。
次男は片道切符でフィリピンへ送った。
彼らも来年は自らの知恵と行動で未来が決まる分水嶺と言える。
更に当社の社員でも何名か分水嶺にいて、来年は自分自身との戦いによって未来が左右されてしまうだろう。

その後Mから電話があり、私のメールに胸を打たれたと電話があった。
私の心境は次男を片道切符でフィリピンへ送り込んだ時と同じようだと表現した。
するとMは俺は長男だねと笑いながら語っていた。

私の信念は自分に厳しく、他人にはもっと厳しく接することだ。
勿論、メリハリはあるのは当然だが、ここで甘えを許容しては駄目だと思った時は非情にも厳しく接するようにしている。

人生は晩年なり。
これはMの叔父さんの名言で私も彼からよく聞かされていた。

人生の第4コーナーを回ったところにいる我々は、既に晩年の域に入ろうとしている。
命をかけて取り組める仕事があることに感謝したい。
Mもこれまでのツケを清算して新たなスタート地点に立ってもらいたいと願っている。

それには最後の砦を乗り越える必要がある。
おそらく来年がラストチャンスだろう。

私も色々な意味で今年は学びがあった。

人任せにしていた天然村事業は、現場に出る事で未来の予兆を感じ取れた。
最初のうちは孤独感で不安を感じたりしたが、それを察知してから次々に必要な人との出会いや情報が集まるようになった。
来年も全力で取り組み軌道に乗せたい。
そう言う意味では、私自身も来年が分水嶺になるだろう。

様々な人達にとって迎える来年の分水嶺。
課題は人それぞれだが、ここを乗り越える事で明るい未来が待っている。

来年の今頃は皆んなで笑って酒を酌み交わしたいものだ。

厳しさを超えたところに真の喜びがあると信じている。

共感

この場所にこんな宝があったとは。
地域の資源でこれだと思うものに出会った瞬間だった。

どこまで登るかと思いながらついて行くと溜池のようなものがあった。
休耕田になっている棚田が広がっている。
溜池のあるてっぺんから眺める景色は里山の魅力をすべて表してくれている。
これほど近くにこんな素敵な場所があるなんて想像もしなかった。
ここは天然村に隣接する場所で、日本棚田百選に入る大山千枚田が直ぐ近くにある。

この地域は里山で土地の形状が平らな面が少ない。
そのため、水田は棚田になっていて土壌が粘土質になっている。
山から染み出すミネラル豊富な水と粘土質が稲には抜群な栄養素となるのだ。

地域を代表するK氏に棚田が休耕田になっている現状を案内された。
それと同時に伝統ある棚田農法の説明を受け感銘を受けた。
そして、こんな素晴らしい地域の特性が残っている棚田が存在することに価値を見出した。

K氏曰く、この付近の棚田でも近年は枯れてしまい、下の川からポンプで汲みあげるのが一般的になっている。
一方で、ここの棚田は伝統ある農法で山から染み出す天水を溜池に貯められる。
そこをせき止める事で、ゆっくりと天水を下へ流せる事が可能になる。
この地域の里山では極めて稀少なポテンシャルを持つ棚田である事がわかった。

この溜池こそ由緒ある伝統を受け継ぐ「鯉の池」だった。
名前の由来は里山の住人は海辺の村と違い魚が豊富でないので、動物性タンパク質を補う為に鯉の養殖をしていたそうだ。
正に、我々が現在取り組んでいるアクアポニックスの原点になっている。

この棚田の再活性が地域のテーマであり、休耕田を伝統農法による天水棚田へ復興する事が大義となる。
これこそが私の共感を生み出した。

天然村で寄り合いが行われた。

地区代表S氏と地域代表K氏に来ていただき、これから始まるプロジェクトが話し合われた。

私は2人を前に力説した。
この休耕田を見事復活させようと。
それには地域の組織の協力なくして成し遂げることは出来ない。
それぞれの役割分担が必要で、天然村は都市部の人達を呼び込むオペレーションを、地区の組織は実際に休耕田の原状回復を、地域の組織は都市部の人達に田植えや稲刈りを指導してもらうと同時に稲作についてのレクチャーを担当する。

この役割分担により伝統ある天水棚田が復興し、美しい景観を取り戻すことが出来る。

そして、かつて収穫されたという幻の米が作れると言う。
K氏によれば、昔見た豊かで大粒な米は飴色をしていて、食べるとそれはそれは濃厚で甘味を含んだ素晴らしい米だったと言う。
それが復元出来る取り組みなら是非ともやりましょうと賛同してくれた。
S氏もK氏も笑顔で協力していただく事になった。

まさにこの共感が三者の絆となってプロジェクトが成立したのだ。

来年から始まる天水棚田オーナー制度は、1人5800円〜のプランから用意している。
小学生以下は無料とし、5月の連休から始まる田植えと9月の稲刈りを体験し、自分が作った幻の米を手にする事が出来る。

地域の景観が良くなり、地元に雇用が生まれ、そして都市部の人々が共同作業で成し遂げる達成感を共有する。

皆さん、是非この機会をお見逃しなく!

娘の受験

先月から高校の学校説明会に出かけている。
中学2年生の期間は不登校だった娘も3年になってから復帰して通学するようになった。

しかし、受験生には1年間のブランクは様々なハンデとなっている。
欠席日数の上限を設けている学校も多くあり、説明会が終わった後の個別相談では、現実の厳しさを思い知らされている。

色々回った感じで、私の戦略は固まっていた。
私立高校の単願に絞る。そして、選択した科目に時間を集中して勉強する。
確率論から導いた結果である。
だか、これは高校に進学するマストな戦略であり、まったく違う世界の選択もありだと確信している。
予め決められたカリュクラムにより、金太郎飴の如く同じような教育がベストだとは思っていないからだ。
現実に次男は15歳から単身フィリピンへ行き、英会話スクールのインターンで働き学んでいる。
英会話は勿論のことだが、それよりもまったく違う世界での体験こそが、これからの彼の人生にどんなにプラスになるか計り知れないものがあるからで、日本で普通に何気なく高校生活を送っている同年代とは圧倒的な差になっていることだろう。
彼は3年間が終了したらアメリカの大学に進学する計画をしている。

まぁ、これをそのまま娘が同じような道に行くかと言えば、次男とは性格が間逆なためにないだろうが、個人的にはぜんぜんありだと思っている。
無難な道が一番嫌いだからだ。
多数の行く道とは違う選択をしてもらいたいと願っているので、娘の受験もまったく同じように考えていたが、本人は至って普通の道に進みたく高校に行きたい気持ちが強い。
そのため私の戦略が確率論からベストだと思い込んでいた。

本人はお姉ちゃんと同じ県立高校を第一志望校にあげている。
しかし、私的には内申書の影響が大きい県立高校は外した方が良いとしていた。
話し合った結果、本人の希望が強く県立高校の学校説明会へ出向くことになった。

すると、不登校枠という制度があることをを知った。
それは、不登校生の履歴を持つ生徒を対象にしたものだった。
これを知る事で戦略が大きく変わることになる。
しかし、なぜ中学校ではその説明がなかったのか、それが腑に落ちなかった。
なぜなら、知っているのと知らないのとでは戦略が大きく変わってくるからだ。

手続きをするには、願書を出す時に不登校の事実を証明する書類を提出すれば、この不登校枠が使えるのだ。
それは、中学校の校長より不登校を証明する書類を受理する必要がある。
私はこれで娘の第一志望校はほぼ間違いなくいけると踏んだ。

そして、最悪のケースを想定した。
万一、学校側が出さなかった場合に備えるため、弁護士に予め確認すると同時に教育委員会にも連絡する必要を感じていた。
それは、私の腑に落ちない要因からの発想だった。

教育委員会に電話で確認をした。
不登校枠があるのを中学校側が予め説明しないのはおかしいのではないかと。
すると、電話を対応してくれた年配の男性は非常に丁寧に答えてくれた。
彼は教育者の道が長く最後は校長を経て今に至ったという。
私の怒りのこもった言葉を包み込み、最後は私の思い違いだった。

不登校枠とは内申書を大目に見る制度で、あくまで欠席日数を考慮するもの。
成績まで優遇する制度ではないこと。
学校側はそれを知っているため、あえて不登校枠に触れないまでも、成績を合格ラインにすることの重要性を説いてるだけであると。

いかに胆略的な発想から生まれた行動であるかを恥じた。

そこにはある偏った考えがある事に行き着く。
末っ子ということもあり、溺愛するあまり大事なことが抜け落ちていた事だろう。
彼女の事になると短略的な発想になり、本人の為にならない行動がしばしばあった。

今回の場面もそれが如実に出てしまった。

受験の本戦まであと2ヶ月、これからは本人の努力により道が開けるだろう。

それまでは見守るしかない。

男女の縁

新卒5年目に入る社員Sが退職した。

送別会で隣にいる彼に聞いてみた。

転職先が決まらないうちに辞めるのは、よっぽどうちの会社がやだったのか?
すると彼はひとつのけじめをつけるためです、と答えた。
中途半端な気持ちで身を入れずに仕事を続ける事が、自分自身に対して誠実さに欠けることになるのだろう。

彼には付き合っている女性がいて双方ともに結婚を意識しているという。

転職を機に大宮から二子玉川へ住居を移した。
同棲している彼女の勤務先を考慮してのようだ。
家賃は2DKで10万円、2人の共同生活に彼の仕事は大きな要因になる。

気になったので、2人の想いはどっちの割合が高くどの程度なのか聞いてみた。
すると彼は圧倒的に向こうが私を想っていますね、具体的に数値は出せませんが私が想っているよりは明らかに彼女の方が私を想う気持ちが高いことは確かですと答えた。

私は素直に受け止めた。

ところで結婚は決まったのかと聞くと、来年の4月には結婚するとのこと。
どこで式を挙げるのか聞いてみると、式を挙げるのではなく入籍する時期だと言う。
先方のご両親にも会っていると言っていたが、あえて入籍する時期を定める必要はないのではないかと気にかかったが、あえて最後の日なのでツッコミは避けた。

その話を同期のAに話すと、絶対に結婚できませんね、ときっぱりと言い放った。
私の話を聞いての意見ではなかったようだ。
2人は同じ大学の同学部出身で当社に新卒で同期入社するという、稀に見る縁の間柄なのだ。

私が気になった要因を聞く事なくAの絶対的な確信に基づいた発言は納得させるだけの力強い言葉だった。

Aは入社当時に彼女がいたがすでに別れ、彼女いない歴3年近くになると聞いている。
女性目線からは2人を比べた場合、圧倒的にAの方に軍配が上がるのは明確になっている。
一方でSは入社以前から彼女がいなくて、今の彼女と付き合うまで7年近くかかっていると聞いた。
そんな経緯から最初は彼のジェラシーからくるものと思ったりもしたが、私の思い過ごしのようだった。

そうなると、想いの割合も全く当てにならず、2人の付き合いすらも持続可能があるとは言えないことになる。

そんなおせっかいな気持ちを抱きながら、AとSの同期2人を思い浮かべていた。
1人は女性で経理総務部で活躍する人材に育っている。
彼女は昨年に社内結婚している。

もう1人の男性Hは2年前に退職したが、これも社内恋愛の末、今年結婚している。
Hとは今年の夏に会って飲んでいるが、マイペースで自分らしいライフスタイルを貫いていた。
お相手の女性社員Yも24歳と若いが、処世術に長けた持って生まれた才能を発揮して活躍している。

このように男女の縁は決まっているかのようだ。
しかも性格は全く逆だったりする。
互いの足りない部分を補うようになっているようだ。

Sもしっかりと止めを刺して、Aの絶対的な確信をぶち壊してもらいたい。