行きつけの鰻屋が浦和にある。
小さい店だが、東京の店に比べると半分の値段でもっと美味しい鰻を食べさせてくれる。
久しぶりに「和香」に立ち寄った。

どしゃぶりの中でも店内はあっという間に満席になり、後から来る方は車で待機する様だった。
予約制ではないので、タイミングが合わないと入れない。

鰻の美味しい料理とは何が要因しているのだろうか。
ご主人は腕に自信があると話すが、鰻そのものに大きな違いがあるより、調理にあるように思う。
さばき方から、蒸し加減、焼き始めるタイミングやタレも大きな要素だろう。
また、ご飯がやや固めでタレの染み込み具合も絶妙で、鰻のふわふわ感にお米との相性もぴったりで、旨味をよりいっそう引き出しているのかも知れない。

ご主人は老舗の多い鰻屋が集まる浦和地区でも、珍しく初代でイノベーティブな発想をもった人物である。
鰻をさばいてから出来上がるまで、およそ40分ほどかかるが、いつも通りその間ご主人と話をする。

今回は業界の話題になり、浦和地区を活性化する手段として鰻をもっとPRし、多くの人々に来てもらう活動を積極的に業界団体でやるべきだと主張していた。
一方で、老舗店は二代目以降の発想から守りの姿勢で変化を嫌い、現状維持の枠から出られず仕舞い、大きな視野に立って地域に多くの人々を呼び込むという発想より、自分の店の事しか考えられないようである。

このような構造は何も鰻業界に限らず、どの業界にも言えることだろう。

うな娘ちゃんというマスコットキャラクターがあるが、これをもっと活用して鰻の加工品などと一緒にPRしたいともご主人は語っていた。

ご主人にはまだ話をしていないが、次回ある提案を持ちかけようと思っている。

天然村のアクアポニックスで来月から鰻の養殖を始める。
ご主人に鰻のさばき方から調理のプロセスを伝承してもらい、天然村カフェの新しいメニューとして一役買ってもらうよう天然村に招待しようと密かに考えている。

そのお返しで浦和にアクアポニックスのシステムを提供し、和香をはじめとする浦和の鰻業界で地産地消の新たな仕組みを創ることも可能だろう。

スーパーに行って鰻蒲焼の商品が並んでいるが、おしなべて高い値段がついている。
店で食べた方が明らかに安いとわかる。
しかし、家庭で鰻を食べる方が外で食べるよりも需要が多いのかも知れない。

インドネシアやフィリピンで養殖した鰻の加工品を輸入している商品も目についた。
中国産は安かったが、抵抗感があるのは私だけだろうか。

やっぱり鰻を美味しく食べるには、煙が立ち込める店で食べるのが一番いい。

合宿

北アルプスに囲まれた長野県小川村に来ている。

新幹線で約1時間足らずで長野駅に着き、そこからバスに乗り継ぐと30分ほどで小川村に到着する。
初めて訪れた場所で会社の合宿が行われている。

昨日はランチに小川村特産物のおやきをいただいた。
熟練のおばあちゃんが餃子の皮で包むように、生地に野沢菜を盛りだくさん包んでいる。
それは、一見非常に簡単な作業に写るが、さらっと具を包み込む技は長年磨き上げた熟練工のようだった。

参謀で知り合ったA氏に日暮里でのイベントでおやきをご馳走になって以来、生地の食感と野沢菜やナスなどの具の絶妙な組み合わせに舌の感覚が痛烈に印象に残っていた。

本丸のおやきの村では、縄文おやきのブランドとして囲炉裏を囲んで漬物と一緒にいただいた。
やはり、味に深みがありみんな喜んでいた。

A氏の計らいで合宿の施設と食事をセットいただいた。

初日は日曜日の13:00-18:00まで選別されたメンバーで、会社の芯が何か様々な角度で議論が行われた。
普段とは違う環境に身を置くことで、自分の深い想いが自然と出るようにする目的があった。

芯とは、会社を象徴する語彙を創作するごとにある。
社風や文化、事業や社員、私の個性などを集約して、この語彙で全ての説明がつき、何をするにもエネルギーが解き放たれるような、全社員が非常にしっくりくる合言葉のような存在になる。
A氏の同志であるI氏を今回の合宿でコーチとして招き、彼のリーダーシップにより合言葉を導き出すことになっているが、通常では短期間で導き出すことが出来るかは確証はなかった。

気持ちが開放され議論が深まってくる中で、あるキーワードが表面化していた。
それは、働き方で月のうち20日休んで10日働くというイコムヴィジョンに紐付けされたものだった。

オンとオフがないライフスタイル、プライベートの中にオンがあり、仕事の中にオフがあるという感覚である。
20日の休みを完全にオフにするという事ではなく、自らを磨く時間にあてることで、新たな体験を通じて豊かな人生を開く機会にするのが最大の目的である。
一方で、仕事の比重が大きいタイプは、20日のオフをいかに創作するか課題になる。
仕事人間と言われる輩は少なくない。
日常が硬直的になり慣れ親しんだ習慣からは、無意識で自分の欲求を閉ざしてしまっている。
本当のやりたい事を心の奥に仕舞い込み、エネルギーを詰まらせているようだ。
そのエネルギーの詰まりを取り去り、さらりと流れるようにする事でエネルギーのパワーを発揮する。今まで困難とされた自己実現や新たな挑戦が本来のエネルギーの流れで成し遂げることが可能になる。

こんな風な会社にしたいと思っている。

「オンとオフがない会社」

この語彙にピンときていない人も先ずは行動してみることが肝要になる。
今回選抜された中から2人が具体的なアクションに入る。

合宿2日目はあと数分でスタートする。

スタンフォードでの学び

スタンフォード大学のスケールの大きさに度肝を抜かれた。
日本で例えると一つの町全体の大きさに匹敵する。
東京ディズニーランド60個分の広さだという。

サンフランシスコに入り6日になり明日が最終日となった。
16時間ほどの時差があるため、15日夜のフライトで羽田に到着するのが16日の深夜になる。

今回の目的は馬を通じてリーダーシップや組織の動かし方、自分の観察を洞察するプログラムに参加して、日本で始めるプロジェクトのエッセンスにするため学びにやって来た。

今回ご一緒したメンバーは全員英語が出来る。唯一私を残してだが‥‥
その中でM氏が非常に印象的だった。
今回でお会いするのは2回目になるが、彼と一緒にプログラムを受け、またバーベキューをしながら酒を交わす時間を過ごして、改めて彼の個性的な人生を垣間見る事が出来た。

M氏は米国の投資銀行でトレーダーを6年勤め、世界でNo. 1の成績を残すも、仕事に疑問を抱き退職し、10年間にわたり世界各国の旅に出る。
述べ110カ国は回ったそうである。
その後、日本へ帰国して起業家としての道を歩み、現在は自然エネルギーの会社で破竹の勢いの成果を上げている人物である。

M氏は学生時代ロンドンやニューヨークにも留学経験があり、英語のスキルはトップレベルである。
本人はギリシャ文明や哲学的な英語の読み書きを死ぬほどやったと言っていた。
いわゆるエリートの経歴を持つ。

スタンフォード大学でのプログラムでもM氏はその教養を十二分に発揮していた。
自分の意見をはっきりと主張すれば、質問も随所に投げかけ、先生からは素晴らしい質問ですと何度となく承認されていた。
一方で私の場合は、彼が何の質問をして先生が何て答えているのかさっぱり解らない始末、おまけに通訳に訳してもらうタイミングが合わず、早く訳さないと通訳も忘れてしまうじゃないかと焦る場面もしばしばあり、悔しい思いをしたりしていた。
また、質問に対する答えもズレていたり、踏んだり蹴ったりだったが、持ち前の探求心からくるモチベーションはヒートアップ、矢継ぎ早に日本語で質問しまくり、通訳の人も疲労感いっぱい、どこまで2人で質問すればいいのかといった雰囲気になるも、先生は72歳にもかかわらず余裕の表情、さすがスタンフォードで世界各国から集まる優秀な人材を受け止めるだけの逸材である。

そうなのである。
こっちの現役学生を対象にした授業や、米国の企業社内や社外とのディペートやブレストなどは、英語が完璧に話せないのは論外で、そんな奴の為に無駄な時間を費やすことなど出来ないのだ。

しかし、今回はちゃんとに通訳を介したプログラムの構成になっているので、私の質問にも的確に答えてくれるし、M氏と先生の丁々発止に渡る会話もタイミングを見ては部分的に訳してくれていた。

翻ってみると、海外に出て揉まれるのは、若いうちに経験した方が絶対にいいと確信した。
それも、10代の前半位がいいだろう。
M氏も言っていた。
自分のような苦労をしなくともショートカットする道があるのだから、出来るだけ若いうちにそうすべきだと。

今回はオブザーバーで私の次男も参加したが、M氏に言わせれば発音や言葉の使い方一つで相手の教養度がわかるので、米国で友人を作るならとことん英語をマスターしないと仲間に入れないとも言っていた。
次男はフィリピンで2年間英語漬けになっていたかのようだったが、M氏の話しを聞いてまだまだ低レベルだったのが直面的で、これからの指針としては素晴らしいきっかけになった。

もっともっと、たくさんの経験をして大きく羽ばたいてもらいたい。

M氏は明日よりアルゼンチンに向かいタンゴの世界大会に出場するため、サンフランから約20時間のフライトになる。
他のメンバーもニューヨークに入りそれぞれの目的を果たし、次男はフィリピンへ戻り、私は日本へ帰国する。
皆それぞれの目的に向かって旅立つ。

皆んなとは、9月下旬に天然村で集まる予定になり、再会が楽しみである。

すごい世界

A社よりある企業の買収を提案された。
その時は特に魅力を感じなかった。

しかし、よく書類を確認するとシナジーが出せる可能性を感じ始めていた。
同一業界ではあるが業種が異なるため、組み合わせ次第ではよい買い物になると判断した。

初めて具体的にMAを進めることになり、自分なりに留意点をまとめてみた。

相手企業の強みは何か。
継承する資産、負債の中味を精査する。
買収金額の資金調達。

主にこの三つをそれぞれの専門家に相談してみた。

そしてA社に具体的に話しを進めるにあたり、A社への報酬がどの位になるのか聞いてみた。
すると、担当者のN氏はさらっと言い放った。
9000万円になります。
私はその金額に驚愕したと同時に大声を張り上げた。9000万円!
N氏はおくびにも出さずに、その金額が私どもの報酬になりますと言った。

例えて言うならば、不動産の売買で仲介業者が得る報酬の規定は売買金額の3%が上限になっている。
しかし、MAの仲介報酬に上限の規定はないのだ。

すごい世界があるものだと知った。

私は2000-3000万円位だと踏んでいたが、それとは大きくかけ離れた数字だった。
おまけに、交渉相手が二社加わった事で確実に買収出来る状況ではなくなっていた。
話しを進めるには手付金を400万円用意する必要があり、たとえ交渉が成立しなくともその金額は戻せませんと言う。

それはまるで、カジノのポーカーゲームで乗ったら最後まで突っ張り通す覚悟で臨んだが、相手が余裕で受けている様子を見て突然降りてしまい、かけ金がすべておじゃんになったかのようである。

要するに、貼った金は戻しませんよと言う、賭博の元締めのようなA社は強気相場で、やりたい放題の一人勝ちの様相を呈している。

しかし、事業なので丁半博打のような賭けに出るわけにもいかず、相手の出方を見てから判断することにした。

翻ってみると情報を握っているA社はコントロールが自在で、価値の対価さえ操るのもお手の物。一方で、閉ざされた世界での取引で、米国のようなマーケットに対してオープンな流通市場とは対極にあるのが日本のMAの現状である。

よく新聞を賑わしている大型な買収は兆単位にもなり、そこに介在する仲介役となる銀行や企業はとてつもない額の報酬になるのだろう。

担当者のN氏も元金融機関出身で、MA事業部に所属していたようだが、今はA社で稼ぐことかなりの給与水準に達しているのが容易に読み取れる。

すごい世界を垣間見る機会に恵まれ、次のチャンスに生かしたいと思う。