パリプロジェクト始動

ウィ、パリ滞在中によく使うワードになった。
フランス語でYesになる。
私は言葉がまったくもってわからないので、感覚でコミニケーションをしている。
なので、ウィしか喋れないのだ。
ウィ、ウィの連発をする時が少なくない。
わかったフリをしてしまうこともしばしばあり、あとは日本語&ジェスチャーと熱いハートで会話をしている。

今回パリに来た目的は店舗物件の取得をする為にやってきた。

日本人シェフを対象に、パリでの挑戦を可能にした、腕試しが出来る店舗を1カ月から3カ月の期間貸し出すサービスで、フランス語と日本語が話せるスタッフやビザ取得の手続き、営業許可や集客のPRまでソリューションを整えている。
カバン一つでパリで店舗を開業出来る、お手軽なシステムになっている。

7月に訪仏した際、エージェントのジャンと打ち合わせした内容で、幾つか物件を事前にピックアップしてもらっていた。

ジャンはフランス人にしては珍しく、スピード感があり、情報も確かで人間性も高く信頼できる人物だ。

視察した中で、瞬間的に目に止まった物件があった。
パリの特徴である石造りにオシャレな雰囲気の漂う店内はとても魅力的な空間だった。
エリアとしても人気が高いマレ地区にあり、パリの中でもファションエリアとして流行の先端をいく、日本で例えると原宿、表参道に類する場所になる。

近所にある日本人シェフの店舗へ情報収集を兼ねて食事に出かけた。
和食の店では、カウンターで白人女性が日本酒をなみなみと注ぎながらグイグイやっている姿に思わず感動し、更には店内が満席で私たち以外はすべてパリジェンヌなのだ。
箸を巧みに操る姿は日本食慣れしているのだろう。
他の店にも行ったが、似たような光景で店内は満席で賑わっていた。

やはり、日本人シェフの店はパリジェンヌに圧倒的な人気を誇っている。

早速、物件の取得に向けて動いた。
パリの商習慣は日本とはまったく違うため、ジャンに弁護士を紹介してもらい面会をセットしてもらった。

パリ支社の開設が12月、物件のオープンが来年3月のスケジュール感で、それぞれの手続きを進めて準備を整える事になった。

これからはパリのhabitationの機会が増えるだろう。
日本の若手シェフがパリジェンヌをあっと言わせるような店を次々と送り込みたい。

次はパリの住居をどこの地区にするか迷っている。

馬との暮らし

タイミングが咲いた。

素晴らしい紅葉の景色が辺り一帯に広がっていた。
本来なら11月初旬にピークを迎えるようだ。

島崎八景、北海道函館の名所となっている。
8カ所に見所があり車窓から約30分、天然の美術館を鑑賞できる。
北海道ならではのスケールの大きさだった。

今回は大沼流山牧場に再び訪れた。
そして、順調に業務提携を合意する事が出来た。

ここの牧場は、様々な取り組みにチャレンジしている。
馬との暮らしから心身の向上と人間本来の感性を養う場になっている。
牧場で働くスタッフも若く、知的能力も高い人々が集まっている。
大手企業を勤めたが、過労が原因で鬱になり社会復帰が困難になった者や、香港からホースセラピーを学びに来ていたり、身体の不自由な方、虐待を受けた子供達に至るまで、牧場の暮らしから本来の自分を取り戻し、完全復活を遂げている現実現場がある。

森の幼稚園が牧場の中にあり、自由に飛び回っている様はある意味ほったらかしになっている。
しかし、自然と自分より年下には手を貸し、コミニケーション能力は卓越している。
初対面の私にいきなり決闘を挑んでくる幼児がいたりする。
素直なコミニケーションの手段なのだろう。
羨ましく思えた。

馬と接する事で言葉とは違う、意思の疎通が図れる能力が開花するのかも知れない。
一種のテレパシーのような人間の眠っている能力を引き出す効果があるようだ。
幼少から牧場で育った青年がオランダに馬の勉強に留学した際は、言葉は通じなくても彼の周りには人が多勢集まってくるそうだ。
もはや、都会でSNSをやっている若者たちとは、コミニケーション能力差は決定的だ。
私もタイムマシーンで3年位体験してみたいものだ。

コミニケーションの他にも、メンタルヘルスケア効果があったり健康にも役立っている。
高齢者の転倒が少なくなったり、障害者の方が健常者になった例も少なくない。

また、馬搬による山林の間伐を請負仕事をしている。
今では全国でも珍しく、北海道でも組織として取り組む例は殆んど無いという。

私が宿泊した日も早朝から準備を始め、2トン車に馬を2頭乗せて10キロ先まで出張に出かけた。
時には長野県まで行くそうで、重機が入らない斜面などでは、この技術は御用達になっている。

食の分野でも、牧場で育てた野菜や小麦でピザを作る本格的なイタリアンレストランも併設している。
牧場で育てた羊の肉料理も美味しく、チーズと赤ワインでとても幸せな気分を味わえる。

宿泊の朝ごはんも手作り惣菜が絶妙の味付けで、ヘルシーでオーガニックな素晴らしい朝食を楽しめる。

大沼流山牧場は全国各地から研修や見学に訪れる人々が増えている。

天然村の里山テナントとしては強力な味方になってくれるだろう。
来年から本格的に始まる里山再生プロジェクトが待ち遠しい。

下町文化

そこには昭和の風情がたっぷりと残っていた。
お煎餅屋さん、豆腐屋さん、餃子屋さん、お惣菜屋さん、天ぷら屋さん、麺屋さん、例をあげたらまだまだたくさんの個店があった。
それぞれが専門店でそれ以外は扱っていない。
麺屋さんは麺の専門店でラーメン店ではなく、焼きそば、ラーメン、など麺の種類が幾つもあって、それを生業としている。

八百屋さんはザルに入ったお金からおつりを出していた。
たくさんの人で賑わっていて、懐かしい光景に目を細めていた。
まさに下町文化ならではの魅力である。

初めて降りた駅だった。
東武線の西新井駅、埼玉の春日部方面から中目黒まで直通になっている。

駅から歩いて5分くらいすると、関原商店街に行きつく。
私は商店街のシャッターが閉まった店を活性化するプロジェクトの下見を兼ねて来た。
歩いている途中で右方向を見ると新しいショッピングモールや、新しいマンションがたくさん立ち並んでいた。
区画整理による街並みは整然としている一方で、能面ビー玉のような何か熱い感情を失って、そこから新たなエネルギーが湧き上がってくる気配はまったく感じられない。

反対側に残っている下町文化とは対極な暮らしが映っていた。

歩いている直ぐ右手に大きな壁があって、それはまるでベルリンの壁のようで、左手が東ドイツ右手に西ドイツといった感じだろう。

それは近代が良いと解釈して発展してきた欧米が現在直面している問題が全てを物語っているようで、もっと魅力のある街並みや暮らしはそこには無いのかもしれない。

むしろ、関原商店街には宝がたくさんあって、日本の文化がぎっしりと詰まった暮らしぶりには何とも言えない魅力がある。
宝の山に見えるのは私だけだろうか。

馴染みという言葉がぴったりだ。

子供は近所の人達で自然と守り合い、店主と客の何気無く交わす会話には、人としての温かみある風情を感じる。
それは、決してショッピングモールやスーパーでは体験することは無いだろう。

私はここに未来のヒントがあるように感じる。

全国にはこんな宝の山が地方の里山から、旧市街地に至るまでたくさんあるだろう。

新しい都市開発でショッピングモールがたくさん出来た弊害によって、昔栄えた商店街がシャッター街へと変貌してしまっているのは、見方を変えるとその街独自の文化を紐解いて、新たなエネルギーを注ぎ込む事で、充分に活性化して行けるように思う。

その日は、おにぎり屋さんで、ひじきと高菜のおにぎりを買い、斜向かいの天ぷら屋でちくわの天ぷらを買ってランチにした。
お惣菜屋さんのコロッケが30円だったので食べたかったが、一個だけ買うのも気が引けたのでやめにした。

手作りのおにぎりは最高に美味しかった。

山の修行

amazonで注文した品が自宅に届いていた。
商品を検索してみると、お試し用があったので、直ぐに発注してみた。

まさか自ら意図的に注文するのは人生初の出来事だった。
約50年前は私の意志とは関係なく装着されていたが、早くも自らの判断で装着する時期が訪れようとは思いもしなかった。

その正体は「オムツ」である。

北九州に求菩提山があり、そこへ山修行をする際、用を足すのに必須な品とのお達しだった。
霊山で用を足す事は禁じられているため、行者は全員オムツをして修行に臨んでいる。

修行は夕方5時に山に入り、翌朝の7時まで眠らずに歩き続ける。
所々で、祭り事をやるが、それらは他言無用になっているので、ここでは書けない事になっている。

実は求菩提山に入るのは昨年に一度体験している。
その時は少人数で祭り事は一切なかったので、今回は私の想像していたものを完全に超越していた。

一言で表すと大和魂である。
それは平安時代から皇室への儀式として受け継がれていたものだった。
日本は本当に凄いなと思った。
詳しくは書けないが、日本の伝統文化は素晴らしく、それが見事に伝承されていることにも驚きがあった。
やはり、これから世界をリードしていくのは日本をおいて他にはないだろう。

今回は行者が100名を超えていたこともあり迫力があった。
ほぼ全員がリタイアせずに山を降りる事が出来た。
しかも女性が多く年齢も50を超えている方々が目立っていた。
よくぞ、眠らずにあの山を登り降りしながら歩き続ける事が出来たかと感心してしまう。

私なんかはフラフラで最後の方は早く終って欲しいと願うばかり。おまけに睡魔と疲労が交錯する中、お神酒を飲み過ぎて頭がグルグル回る始末。
その影響もあり途中で用を足したくなった。
ここでオムツの出番である。
私は初めての体験でやや緊張感を持っていた。
すると、ちゃんとに収まるばかりかその技術力に圧倒されていた。
おしっこがオムツから漏れることなくきっちり吸収されているのだ。
怖々と地面にお尻をついてもまったく問題なかった。

保温性も優れていて、あったかい感覚がしばらく続いていた。
しかし、何故か重さに違和感があり、実態はお漏らしをしているに過ぎない、妙に変な感覚は残っていた。

山の修行で得た一つの貴重な体験だった。

本社移転

オレンジを基調とした空間はシンプルでオープンなオフィスをイコムらしく演出していた。

創業からちょうど22年、5回目の本社移転となった。

さいたま新都心駅からすぐに明治安田生命ビルがそびえ立っている。
そこの34階に入った。お隣が三菱電機さんでフロアの3分の2を占めている。

おそらく彼らから見た私たちのオフィス空間は異次元に見えるだろう。

個室がほぼゼロになっている空間はオープン過ぎる位に開けっぴろげになっている。
ブラインドを全て上げると武蔵野の景色が180度に広がり、東京方面にはスカイツリーが見える。

これらのオフィス設計は社員全員が集まって、時間をかけて創り出された作品である。
会議室や休憩室、社長室はあった方が良いのか、あるいはどんな機能があったら便利かなどを集約して仕上がったオフィスは社員それぞれに愛着をもたらすだろう。

もはや私の出る幕はほぼゼロに等しかった。
内装や家具なども引っ越し当日まではまったく知らなかった。

知っていたのは予算位で、社長室は個室にはなっていないが、ロケーションの素晴らしい場所に配置してくれていた。
アゴラと呼ばれている数人のグループが集まって議論出来る場を二ヶ所に設けてある。
その象徴は会議室とは真逆の場になっている。
それはまるで、公園の中にある噴水を囲むベンチのような、明るく開放感に満ちた場所である。
軽い議論を交わすことで、柔軟な発想と素晴らしいアイデアを生み出す可能性を秘めている。

会議室のような密室の重苦しい雰囲気とは対極な場になっている。

引っ越し当日は、午前中ミィーティングが終わった後に14時位から始まるようになっていた。
私は天然村から来た社員Nと地下のレストランでランチをしながらビールを飲んでいた。
徳島からやってきた彼は、平日は天然村に泊まり込みで勤務している。
週末には世田谷の自宅に戻っている。
入社して約2ヶ月になるが、近況を含めて様々な話しになった。

ビールを4、5杯飲んだあたりで彼から前職で鬱になった話しを初めて聞かされた。
ストレスがある一定のラインを超えるとそうなるのだろう。
私はふと社員Kを思い浮かべていた。
彼は酔っ払った勢いで鞄を無くして大失態をしでかした報告を度々受けていた。
私は彼をストレスからきているものだと思っていたので、社員Nの体験談を共有しようと、電話をかけて呼び出した。

すると社員Tも一緒にいたので、4人で飲みながら話しているうちに宴会ムードになり、ワインボトル2本をあけてドンチャン騒ぎの様相に。
引っ越しの時間を忘れて2時間遅れで現場に駆けつけるも、しばらくすると机の上で寝てしまう始末。
おまけに目が覚めると社員Tも目を真っ赤にして寝起きの顔を互いに見て慌てる場面もあり、みんな一生懸命ダンボールを整理している。
私はだらしない姿をさらしてしまうも、ありのままで良しとしさらりと帰路についた。

いよいよ、月曜日から新オフィスでの仕事が始まる。

オンとオフのない会社としてブレイクスルーする時期を楽しみにしている。