沖縄

空港の出口に呼び止める声がした。
早川さーん、みると誰かわからなく困惑していると、Sです、長野でお目にかかった以来で奇遇ですねと。
ようやく思い出すと、なぜ沖縄にいるのか尋ねた。
彼は農業分野のベンチャーでイチゴの栽培に従事するためだと言っていた。
ラオスとタイで日本の農業技術を現地に落とし込む仕組みに挑戦している若者である。

話しをしていると驚いた様子でK氏が現れた。
まさか、知り合いが沖縄の空港でばったり出会うとは思っていなかっただろう。
今回の案件視察のアテンドをしてくれるため、迎えにきてくれていた。

相互に紹介しあった後、空港を後にして現地へ向かった。
案件の目的はビジネスマン向けの宿泊施設を創作するためだった。
沖縄の現状はリゾートホテルの施設は多いが、ビジネスホテルのような単身者向けの宿泊を目的とした施設が少ないため、活用出来る物件を見定めるためにやってきた。

1日目は南部周辺、2日目が中部から北部を周り、3日目のお昼のフライトで帰るプランだった。
概ね不動産の価格は上昇していて、外国人観光客がそれを後押ししている面が大きいようだ。
それに合わせて国際便の空港が開港され、大型リゾート施設も次々に建設されている様子があった。

街の情報筋からは、昨年よりは2割減したが、中国人が非常に多くその立ち居振る舞いは如何ともし難い状況だと言う。
中国人が観光客の中国人に対し白タク行為をしてぼったくりをしているようで、誰が敵か味方か解らないような状態である。

様々な物件を見せてもらったが、フィットするものはなかった。
こちらからの提案として、テストランレベルでのトライをいくつかプランしてみた。

アジアのハブになる要素を感じさせるポテンシャルを沖縄に感じた。
台湾から船で来ていたり、若い女性が数人でいたり、団体から家族、カップルまで幅広い層を受け入れる器がある。

食の方も地元しか知らない店を案内された。
中でも印象に残ったのは、会員制クラブ泡盛だった。
まさに、泡盛専門ラウンジでソムリエまで登場する驚愕の店だった。
アルコール度80まで数百種類を揃えたぶっ飛び様で、リクエストに応じた好みにアレンジしてくれる。カカオの豆までこだわるつまみは泡盛とぴったり、恐る恐る飲み始めるも、その深い味わいに酔いしれ、おかわりを何杯かしているうちに記憶がなくなったようで、沖縄の底力を思い知った。
日本酒が受けているパリやニューヨークでも泡盛はありかも知れない。

自然と上手く調和して沖縄文化を取り入れた空間をクリエイトすれば、自ずと沖縄の器に合った人々が集まるようになるだろう。

ドラゴンボール

久しぶりにTVでドラゴンボールを見た。
ふと、感じることがあった。
これほど進化しているアニメがあるだろうか。

30年以上の歴史があり、当初はライバルとの闘いや技の進化に焦点があったように記憶している。
変わらないのは宇宙を舞台にしている事だ。
ドラゴンボールを集めると神龍がお出ましして、願いを叶えてあげるシーンである。

今回感じた一番の要素は、宇宙の構成が多次元宇宙になっていて、地球が存在する太陽系宇宙を含めると13の宇宙が存在している点にある。
これは、最近の物理学でも当たり前になっているようだ。
高次元科学を学んでいるので、この13宇宙はしっかりと認識している。

ドラゴンボールのアニメでは、11宇宙と対になっているのが第2宇宙、第7宇宙と対になっているのが第4宇宙と言っていた。
この対になっている意味は反転の世界である。

まったくの相似形が対の宇宙に存在するということになる。
つまり、太陽系宇宙は第4に位置しているので、その対をなしている第7宇宙にそれが存在している。
我々の目にする全ての物質が、そっくりそのまま第7宇宙に存在していることになる。
従って、1965年7月24日生まれの早川 徹という人間がもう1人存在していることが証明されたことになる。
しかも、対の第7宇宙で存在している方の影響を強く受ける仕組みになっているようだ。
ドラゴンボールでは、そこまで詳細に語っていないが、宇宙構造図を見る限りでは、物理学の進化を象徴している。

96%の見えない世界をアニメで描写している。
4%の見える世界にとっては、所詮は漫画の世界だろうと解釈している。
もはや、物理学でも96%の世界へようこそ、の時代に入っている。

世界にイノベーションを起こした起業家が言っていた言葉がある。
「世の中の多くの人はXを信じているが、本当の真実はXの逆である」

120歳までに第7宇宙に行ってみたい。
火星とかの話ではなく、もっともっと遥か彼方にあるダークマターの宇宙へと。
もう1人の早川徹とサシで飯でもと思う。

たかだか4%の世界、もっともっと人間の脳と同じで使っていない能力を開花させていきたい。
今後のドラゴンボールの進化が楽しみだ。

既得権益

江戸時代には肉食を禁止した時代があったようだが、韓国朝鮮でもそのような時代を経ている。

食文化も色々あると思うが、焼肉の世界は一種独特な様相を呈しているようだ。
それは店構えに特徴がある。
昔からある古い店で昭和の雰囲気があり、韓国系日本人が経営している店に共通する。
そして、焼肉の部位が圧倒的に競争力があることに気づく。
タン塩などは普通には絶対に入らないタンが食べられたりする。
ハラミやロースを生で食べられるなど、普通の店では絶対にお目にかかる事はない。
もはや、特殊なルートしか考えられないほどの品質なのだ。

おそらく、韓国系の方しか入手出来ない市場があって、それを先祖から受け継いでいる印象がある。
まさに、既得権益である。

足立区の西新井、北区の赤羽などは、昔から韓国人の部落があり、朝鮮学校もあったりして向こうの焼肉文化が残っている。

赤羽の飲屋街で昭和の匂いがする店が連なっている場所がある。
そこに小さな焼肉店あったので入ってみた。
まさに共通する特徴を備えな店であった。
オススメがホルモンやタン塩だったので注文してみた。
ハラミも刺身であったので追加してみた。
やはり思った通りの品質で、普通の焼肉屋では到底味わうことのない代物だった。
特にタン塩のタンは噛んで弾力性があり、柔らかさの中に旨味が凝縮されている。

そもそも、昔はホルモンのような内臓系は処分対象とされていて、精肉店に卸せないので仕方なく
賄い的な発想から商品化に至ったようである。

特上カルビのような霜降り肉はどこの店でも食べれるし、少し食べれば充分でやはり本物の焼肉の美味さはロースやタンにあるだろう。

この分野で強烈な圧倒力を誇る店が銀座にある東京園である。
ご多忙に漏れず店構えは汚く狭いが、予約はなかなか取れないばかりか、店のしきたりに背くと出入り禁止になる。
危うくその罠にはまりそうになった事があった。

ハラミとロースを食べたあとに、タン塩2人前ちょうだい〜、と注文した。
すると無理ですね、と想定外の返答に一瞬困惑するも、気を取り直してタン塩2人前くださいー、と丁重に注文してみた。
すると、うちの店はタン塩を最初に食べないと出さない主義です。と女将はきっぱりと言った。
だったら最初に言ってよ、と出そうになったが、郷に入っては郷に従えのごとく、純度の高いタン塩の味を堪能するには、ロースやハラミを食したあとの舌では叶わず、それを受け入れ次に繋げた方がいいと判断した。

その後に行った時には、いの一番でタン塩を注文したことは言うに及ばずだが、それほどこだわって食べさる一品だと納得した。

この店も絶対に入らないだろうタンが仕入れている。
ここでも既得権益を垣間見るようだった。

最近、食べる事にうつつを抜かしているようだ。
簡素な食生活が日本人たる所以なので、粗食ベースの健全な生活に回帰するようにしたい。

日本の伝統文化

東京クラシック倶楽部に入会してから3ヶ月が経った。
本来はゴルフ場としてハイスペックな特徴で名高いが、馬主倶楽部を併設しており、ゴルフコースをトレッキング出来るようになっている。

元は馬の友人を介して馬主倶楽部を知る事になった。
普通はゴルフから入るのだが、少々変わっているようだ。

初のイベント、流鏑馬(やぶさめ)体験会に参加をした。
馬に乗りながら弓で的を射るやつだ。

小笠原流、鎌倉時代より将軍家の弓術、弓馬術の師範として代々務め、31世宗家嫡男が直々にお見えになりご指導いただいた。

先ずは、基礎となる型のトレーニングから始まった。
普通の乗馬とは違い、馬上から弓を使うので頭が上下にぶれないよう、馬上でバランスを取るため、馬から身体を離した状態で弓を使わなければならない。
これが至難の技で、普段絶対に使わない太ももの筋肉のストレッチになる。
それはまるで、相撲の四股を踏むかのような壮絶なトレーニング、全体重が太ももに乗り、少しの時間でガクガク震える始末、おまけに最低10回はクリアしないとならないので、あぶら汗を垂らしながらの苦行に、もはや華やかなイメージが吹き飛び、イベントに参加した事を後悔していた。

弓の作法もさすがに歴史と伝統があるだけに、普通の弓道とは異なり、いかに無駄な動きを省くかの実践を通じた教えとなっている。
戦場では、甲冑の重さが30キロ以上になるため、無駄な動きが命取りになり、瞬時に次の動きに移れるような作法になっている。
そのため、視線は常に的を集中して目を離さず、弓を取って引くまでの動作は身体で覚える必要がある。
何度となく練習をして本番を迎えた。

羽織袴に着替えて、それなりの雰囲気に酔いしれていた。
まるで戦国時代の武将の気分になったようで己を誇らしく思い、ついさっきまでトレーニングの苦しさは嘘のようにすっかり忘れていた。
馬上では、弓を片手に悠々と余裕の表情を見せていた。

第一射は見事に的のど真ん中を射る。
そして、第ニ射になった時である、弓矢がかからない状況に的を見るのを忘れ、目の前の弓矢に意識が移ったと同時に焦りが勃発、馬を止めた状態でやり直しになってしまった。

作法などすっかり忘れていたようで、自動的に無手勝流をやる始末に小笠原流も苦笑い、そこは懐の深さで包み込んでくれた。

立ち居振る舞い、食事のしかた、礼法など日本の歴史ある文化を後世へと正しく伝えていく活動をしている小笠原流に感銘を受けた。