スライディングドア

友人からのおすすめで映画を見た。
アマゾンプライムだと無料で視聴が出来る素晴らしい時代になった。

「スライディングドア」地下鉄に間一髪で間に合って乗れた人生と、間に合わなくて乗れなかった人生を同時進行で描いている。

そのタイムラグにより、現実が変わっていく模様は観点により様々な捉え方になるようだが、大きく道が分かれる瞬間でもあるように思う。
例えば、スライディングのように駆け込み乗車した事で出会える人物や、それに導く何らかのきっかけがあったりする。

こんな場所で出会うなんて思ってもみなかったという体験をするときは、何かを示唆している場合が少なくないようだ。

例えば、こんなことがあった。
ゴルフ場でゲストの共通の友人がバッタリ鉢合わせになったことがあった。
面識はないのだが、ゲストの友人が非常に感じが良い印象だったので、次の機会にその方とラウンドしてもらうようにセットした事があった。
実際にプレーしてみると、立ち居振る舞いから受ける印象は一流の人物だとわかる。
そのご縁から次の親交を深める機会が訪れるようになっていく。

そのゴルフ場でその日に予約していなかったら出会う事はなかっただろう。
そして、帰りのロッカールームに居合わせた時間がずれていたら、このような展開にはならなかっただろう。

あるいは、会食で話しをしていたら、先方の次に行く人物に興味があったので、急遽予定を変更して、直ぐにご一緒させていただく場面があった。
まったく、予想もしていなかったが、新しい出会いから新たな展開を創りだして、今ではそちらの人物と会う時間の方が多くなっている。

それが、人であれ物であっても、それを起点に未来を創るのは選択次第のようだ。

スライディングドアの映画は、受動的な印象を受けるが、乗車して出会う人物と関係を築くのも、時間がずれて浮気を目の当たりにするシーンからの展開も全て、そこから起動する流れやタイミングを主体的に展開出来るか否かで、未来は全く違う景色になるのではないだろうか。

普段何気に過ごしている中で、起点になるシーンはたくさんあるだろう。
それを無意識に見過ごすか、起動して手繰り寄せるか、もっともっと意識して過ごしていきたい。