ご容赦

目を覚ますと、前日の忘年会で飲みすぎたのは明らか、完全に二日酔い状態で顔も少々赤くなっていた。
最近は考慮してウイスキーか焼酎のどちらかにしている。
飲む相手が強いとついペースメーカになりがちで、こちらもそのペーストで飲んでしまう。

朝一で天然村へ向かうため車を走らせた。
自宅を出るとすぐに交機の姿が目に止まった。
一瞬、動揺するが大使館の関係だろうと考えた。
まさか、朝の8時前に酒気帯びの検問があるとは、10年近く住んでいて初めてのことだった。
さすがは眠らない街、六本木ならではの光景かもしれない。

飯倉の高速入口付近で検問をやっていた。
万事休す、センサーを差し出された時には覚悟を決めていた。
息を少しづつ吐きながら思った。
今日の予定はどうなるか、このまま車を運転出来るのか、いやそれは無理に違いない、そうすると高速バスで行くことになる、東京駅まで向かいそれから現地に着くと予定の時間より…

はい、どうぞ〜、交機の声を一瞬疑ったがパスをしていた。
そんなことがあるのか、顔は明らかに赤みがかって二日酔いは疑う余地なし、まさかセンサーが反応しないはずはないだろう。
直後は、まさにカオスの状態、本来嬉しくてたまらない気持ちになるも、突然恩赦が決まった囚人のような気持ちかも知れない。

しかし、時間と共に徐々に嬉しさが込み上げてきた。
ラッキー、まさに幸運としか言いようのない運の良さに、改めて二日酔いの運転をしてはならないと自らに戒めていた。

警察に交通違反で捕まった時に、御勘弁ください!お見逃しください!
これらでご容赦になることは絶対にないだろう。

最近では、持ち点があと1点の時に五反田駅近くの右折禁止とは知らずに曲がって止められたことがあった。
その時も万事休す、当分運転出来ない覚悟を決めたときだった。
何度となくやり取りをした後、何とご容赦だった。
おかげで数ヶ月後には15点に返り咲いた。

それと同時にある出来事が走馬灯のように蘇る。
若い時分、飲んだ後に友人を乗せて車を運転するもバイクを跳ねてしまい救急車、警官と現場検証していると当然飲酒運転だとわかり、覚悟を決めてお縄を頂戴すると思いきや、これまたご容赦に信じられない思い出があった。

これらにはどんな作用が働いているのだろうか。
ただの偶然か、いやそんなことはないだろう。
何か見えない世界、三次元では到底理解出来ない、とんでもない高次元の世界が広がる宇宙には存在するのかも知れない。

可能性から発想する

真っ白なキャンパスに未来の絵を自由に描く。
そこには、可能性から発想する様々な出来事があるだろう。
それはまるで、小学生の時にタイムカプセルへ入れた自己像や、将来の夢を自由に表現する機会だったりする。

ところが、大人になると様々な体験を経ていることもあり、概ね可能性から発想するよりも困難から発想する事が自動的に、無意識のうちにそうなっているようだ。

従って、キャンパスに夢を自由に描くことは容易に出来る。
しかし、それが大きければ大きいほど、試練がやってきて本気度が試されたりするような困難な出来事がやってきたりする。

最近は特にそれを強く感じている。

イコムでは、3つのヴィジョンがある。
家賃収入で年間100億円
月のうち20日休み10日働く
天然村を通じて全国の地方から日本を活性化する

今から2年ほど前から、これらを実現するために「やっているふり」を止めて、本当にやるべきことに身を入れて成果を出す事にトライしてきた。
自由度を高め、与えられる仕事から自ら仕事を創り出すような、多様性に富んだ個人やチームを育む文化にトライしていた。

例えるならば、一番右側にあった針を反対側の左側の一番端にシフトしたように極端な施策を打ったのに等しい。

約2年程のトライアルから様々な検証を得ることが出来た。

ある要素を満たさない限り、自由度を高めることが成果に結びつくことはない。
つまり、自由には責任が伴うということである。

組織の中で、自由度を高めて成果を出せる人は、ある程度の社会経験を経た人物の中で20%もいないのではなかろうか。
稀に新人でも成果を出す人物を見かけるが、行動の量を増やす事でそれを補っているようだ。

来年からは左に振れた針をもう一度右にシフトする。
しかも、最初は全力で右に傾けないとならないだろう。
最終的には真ん中で調和のとれたポジションで成果を出すのがベストだと思っている。

右から左、そしてさらに右へと変化する最中には、多くの出来事があるだろう。
それを真っ白なキャンパスに描いた絵からまったくブレずに、可能性から発想するのか、困難から発想して道半ばで諦めるのか、そこには強く、正しく、明るく、逞しい粘り強さから、次の景色を見ることになるだろう。

忘年会

最近になって飲んだ後に落し物をしたり、忘れ物をする傾向が続いている。
先日もカードを店におき忘れた。
また、2日間続いた忘年会でも上着を忘れ、翌日にはマフラーを忘れる始末。
いずれも飲み過ぎたのが原因しているとはいえ、かつてこれほどまでのお粗末はなかったであろう。

会社の忘年会は三次会まで続き、最後は焼肉屋で朝を迎えるという飲みっぷりに、ラストまで付き合うこと叶わず、3時半に帰宅するも忘れ物に気づいて6時に起床した。

娘に電話をすると、何とまだ居酒屋で飲んでいるという。
焼肉屋のあと、残った4人で居酒屋に移り飲み続けているのだ。
みんな20代前半の飲み盛りとはいえ、娘の酒豪ぶりには驚くばかり、一緒にいた社員Kに忘れた上着を会社に持ってきてもらった。

その後、娘とLINEのやり取りが11時ごろまで続き、それまで居酒屋で飲み明かす娘は、イコム酒豪番付表で幕下から一気に三役に手をかけたかも知れない。
いや、東の横綱Tと西の横綱Oが産休に入ると同時に30代になった事を考えると、その座に彼女がつくのは自明の理だろう。

翌日はネクサミを通じて縁のあった葬儀会社アーバンフューネスさんの大忘年会に参加した。
ご招待ということで、一切の見返りを求めない大盤振る舞いにトップの器量を垣間見た。
新木場の倉庫を貸切り130名をもてなす大イベントだった。
初参加となるが、毎年恒例で常連の方に聞くと終わる頃には記憶がなくなるそうである。

社員が芸人顔負けの余興で盛り上げ、参加者は一気飲みから二気飲みで、会場はどんちゃん騒ぎ、それはまるで部活の合宿ノリそのもの、葬儀会社とは思えない社風に業界に風穴を開ける可能性を感じた。

参加者は葬儀関係者が中心で、中にはお坊さんの姿もちらほら、誰も彼もが目がいっちゃっている。
やはり、最後にはすっかり記憶が飛んでいて、二日間に渡る3日酔いに、ただただ胃を労わるしかなかった。

ネクサミ

壇上のメンバーのプレゼンに思わず涙してしまった。
熱い熱い想いで成果を発表する姿は美しく、会場全てが感動の渦に飲み込まれていた。

ネクストワールド・サミット、通称ネクサミの本大会が日本橋公会堂で行われた。
異業種の企業が集結し、約7ヶ月間自社のプレゼンを通じて互いに学び合うプログラムを経て、最後に壇上に上がるチーム5組が最優秀賞を争うプレゼンの場であった。

イコムは初参加となり、壇上にはノミネートされることはなかったが、7ヶ月間を通じて様々な学びがあった。
しかし、本大会での体験はそれをはるかに超える体感した学びがあった。

義理、人情、おせっかい、今どき珍しいワードだが、根底にあるコンテクストは当日に確信へと変わった。

相互扶助がネクサミのミッションである。
自分たちには見えない要素を仲間の視点から助言や質問することで、チームの発展を促している。
そこには単にロジカルな議論だけではない、真摯な姿勢で学び熱い想いを持った集団がシナジー効果をもたらす。

どのチームも高い高い目標を真剣に考え、行動して内省するサイクルを繰り返していた。
社長が悩み苦しみ、チームのみんなが試行錯誤を繰り返し、最後の最後まで諦めない姿勢でやってきた。

壇上チームの中には社員1000人の会社、社員2人の会社があった。
共通点はただ一つ、顧客に対して真剣に向き合い、どんなお役に立てるかをゼロベースから創作している点である。

残念ながら、我が社ではそこを最後まで見出す事が出来なかったようだ。
それと同時にトップの取り組む熱い想いが足りなかったとも言える。

会社組織としての理想はボトムアップで、社員が自主的に考え行動して成果を出す事だと思い込んでいたふしがあった。
しかし、それは明らかに違っていた。

顧客にとって、やらなければならないこと、為さねばならないことをやり続けることにあり、やりたいことを満たすものではない。
つまり、やるべき事をやり、為さねばならないことを懸命に行うことである。

そこへ傾ける熱量が圧倒的に壇上チームは優っていた。
本当に苦しんだ末に掴んだチーム全員の顔を見ると、喜びに溢れキラキラと輝いていた。

最後の懇親会では皆なくしゃくしゃになって盛り上がった。

来年のネクサミは相互扶助を念頭に、課題に真摯に向き合ってチャレンジしていきたい。