可能性から発想する

真っ白なキャンパスに未来の絵を自由に描く。
そこには、可能性から発想する様々な出来事があるだろう。
それはまるで、小学生の時にタイムカプセルへ入れた自己像や、将来の夢を自由に表現する機会だったりする。

ところが、大人になると様々な体験を経ていることもあり、概ね可能性から発想するよりも困難から発想する事が自動的に、無意識のうちにそうなっているようだ。

従って、キャンパスに夢を自由に描くことは容易に出来る。
しかし、それが大きければ大きいほど、試練がやってきて本気度が試されたりするような困難な出来事がやってきたりする。

最近は特にそれを強く感じている。

イコムでは、3つのヴィジョンがある。
家賃収入で年間100億円
月のうち20日休み10日働く
天然村を通じて全国の地方から日本を活性化する

今から2年ほど前から、これらを実現するために「やっているふり」を止めて、本当にやるべきことに身を入れて成果を出す事にトライしてきた。
自由度を高め、与えられる仕事から自ら仕事を創り出すような、多様性に富んだ個人やチームを育む文化にトライしていた。

例えるならば、一番右側にあった針を反対側の左側の一番端にシフトしたように極端な施策を打ったのに等しい。

約2年程のトライアルから様々な検証を得ることが出来た。

ある要素を満たさない限り、自由度を高めることが成果に結びつくことはない。
つまり、自由には責任が伴うということである。

組織の中で、自由度を高めて成果を出せる人は、ある程度の社会経験を経た人物の中で20%もいないのではなかろうか。
稀に新人でも成果を出す人物を見かけるが、行動の量を増やす事でそれを補っているようだ。

来年からは左に振れた針をもう一度右にシフトする。
しかも、最初は全力で右に傾けないとならないだろう。
最終的には真ん中で調和のとれたポジションで成果を出すのがベストだと思っている。

右から左、そしてさらに右へと変化する最中には、多くの出来事があるだろう。
それを真っ白なキャンパスに描いた絵からまったくブレずに、可能性から発想するのか、困難から発想して道半ばで諦めるのか、そこには強く、正しく、明るく、逞しい粘り強さから、次の景色を見ることになるだろう。