マンハッタン

ニューヨークに入って2日目を迎えた。
初日は次男の会社に直行してオブザーバーとして面接に参加した。

半年ぶりに再会した印象は顔がニューヨークになっていた。
それはまるでニックやトムといった感じで、顔が現地化する現象が起こるのだ。
以前、フィリピンで暮らしていた時に現地化したように環境によって顔が変化するのは本当に不思議に思う。

マンハッタンのど真ん中にあるオフィスに日本人女性が面接に来ていた。
ニューヨーク在住18年の彼女はプロジェクトベースで仕事をもつフリーランスだった。
客観的に見ていたが、彼女の得意分野と会社の求める人物像とはギャップがあったようだ。

トップのS氏はニューヨーク生まれのニューヨーク育ちで元バンク・オブ・アメリカでトップ営業マンの経歴を持つ日本人である。

面接が終わり軽くブレストしたあと、S氏御用達の熟成肉のお店ステーキハウス「ROCCO」に行った。
インターンの女性スタッフを含む8名で賑やかに本場のステーキを味わった。
社交の場として重厚感のある雰囲気は、メンバーシップのような威厳を放っていた。
それは、一見さんお断りの世界を体験しているようだった。
ウルフギャング出身のオーナーを紹介してもらい、厨房から熟成肉の冷蔵庫、ワインセラーまで案内してもらい、普段では絶対に見ることの出来ないシーンを覗かせてもらった。
これもS氏同伴ならではの素晴らしい体験をすることが出来た。

その後、マジソンスクエアを間近に見る屋上BARで、真っ赤なダウンを借りてシャンパンで乾杯した。
今回の旅では、長男を同伴していたので彼もマジソンスクエアのエンターテイメントに目を白黒させながら、マンハッタンのダイナミズムに酔っているようだった。

S氏を取り囲む素晴らしいメンバーと一緒に仕事が出来る次男は、この恵まれた環境を生かして成長してもらいたい。

人口統計

お昼にビジネスラウンジにて、ランチを食べながら、ざ
っくばらんに且つ真剣に語り合う三金会に参加した。

今回のテーマは人口問題だった。
江戸時代の日本の人口が約3000万人だった。
それから急激に増えて、ピークの2000年で1億2669万人になり、そこからジェットコースターのように減少していく。
3倍急増の20世紀に対して、3分の1急減の21世紀になるわけだ。
2100年には5972万人になるそうだ。
統計の中でも人口統計ほど正確性が高いものはないようだ。

つまり、消費が3割減ると同時に売上も3割減る計算になる。
損益分岐点を下回る企業が続々と出ることになる。

さて、どうしたものか。
海外展開か。あるいはM&Aや統合、提携などは実行のターンに入っている大企業に比べると、中小企業はそこまでアグレッシブではないようだ。

2100年まで生きると134歳になる。
もし、そこまで生きれるとしたら地球ではなく、他の惑星に移住しているかもしれない。
宇宙ビジネスの劇的な進化により、銀河系とは別の宇宙次元にシフトしている可能性もある。

その時には134歳でもバイクに乗ったり、キックボクシングやゴルフをやっているかも知れない。
もはや、エイジシュートは誰でも達成している。

人口問題の解決は宇宙にあるかも知れない。

韓国の友人

週末を釜山で過ごした。

約5年ぶりに訪れたが、黄砂の影響で景色が薄っすらと見えるほどの影響で驚いた。

韓国の友人Hが声をかけてくれていたが、なかなかタイミングが合わなかった。

Hの自宅に泊まり、空港までの送り迎え、移動に至るまで至れり尽くせりの対応だった。
おまけに、食事はバリエーション豊富で、小食で胃袋が小さくなっている現状を考えると、苦しくて冷や汗が出る場面もあり、学生時代に部活で無理矢理食べさせられて苦しんだ経験を彷彿とさせた。

彼が日本に来た時に同じような事をした仕返しのようだった。

食事をしている時にHがポツリと言った。
子供が高校生になるが、勉強を全くしないで家に閉じこもりゲームばかりしているんだ。

現代自動車勤務のHはアメリカや中国に出張が多く、ビジネスマンとしては優秀、几帳面で真面目な男なだけに、子供が勉強せず家に引きこもっていることが最大の悩みのようだ。

子供にも優しく世話好きで、非常に愛情たっぷりの父親に思えるが、一方で子供の事を考えると、果たしてそれでよいのか疑問が湧いてきた。

色々話を聞いていると、デジタルマニメの制作に興味があると言う。
やりたい事が勉強ではなく、制作することに興味深いのは、それを伸ばしてあげる方がよっぽどいいと伝えた。
どうせやりたい事しかやらないのだから、君の解釈で悩むより、やりたい事をサポートしてあげた方がいいよ。

そんな話をしながら、本場のカンジャンケジャンの味を堪能した。

エアーはマイレージ、1円も使わない旅は初めてだった。

幼馴染

幼馴染とのゴルフは年に一度の行事となっている。
週末にUを交えたメンバーでプレーをした。

Uとは友達歴50年目を迎えた。
半世紀にも渡るとUの考え方やアクション、感情に至るまで観察をしているとわかってしまう。

彼は直ぐ顔や態度に出るのでわかりやすい。
おまけに、せっかちで車の運転になると人が変わったような性格に変身する。
ゴルフの帰りにいつも運転してもらうのだが、信号につかまると独り言のようにブツブツ言い出す。

Uとはゴルフのスコアも競い合っている。
彼を乱すボタンを知っているので、競り始めた局面になるとボタンを押すのだ。
すると、あっという間に勝負あり。技術的には彼の方が上なのだが、信じられないミスを連発する。

ボタンとはプレッシャーで、いくつかの言葉をかけると自動的に押されることになる。
それは、彼の癖や引っかかる言葉をポツリと囁くように伝えるのだ。
それがツボにハマリ高笑いして喜ぶと、更にそれに腹を立ててミスを連発する。
そんな幼い意地悪をして楽しむゴルフも、Uとの仲ならではのこと。

IT上場企業の部長をしているUは、車の中で仕事の話を聞かせてくれた。
もちろん、インサイダーに抵触しない程度の内容だ。
彼の会社はここ数年、株価が上昇しているようだ。
時代の流れを牽引するIoTを本業として、独自の技術を持つ商品が注目を集めているようだ。
彼が現場の責任者を担っているようで、これから数年が楽しみだとワクワク話している姿が印象的だった。

仕事の絡みはないが、来年もまた楽しいゴルフをプレーするのが待ち遠しい。

WEWORK

魅力あふれる会話をワクワクしながら聞いていた。
それは、単なるシェアオフィスとは明らかに違っていた。
WEWORK、ニューヨークからスタートした事業は欧米から世界へと拡大している。
3月に入り日本にも都市部を中心に続々とオープンしている。
しかも、スケールが大きく一拠点あたり1000坪から2000坪の規模感で出店している。
丸の内、銀座、日比谷、新橋、渋谷など一気呵成に攻めている。

担当者のS氏は野村證券の香港支店で勤務していて、オフィスがWEWORKだったので、そのビジネスモデルに惹かれて入社したらしい。

最大の魅力はコミニティである。
時代の流れに乗っている連中が集まってくる。
業績が伸びているので、組織もあっという間に変化を余儀なくされる。
必要な時に必要なだけのスペースが確保出来る。WEWORKのオフィスであれば地域の移動も可能である。
このフレキシブルな対応がWEWORKの真骨頂なのだ。

WEWORKに入居するような企業はアグレッシブで、
1年も立たない間にオフィスを移転する場合が普通にある。
つまり、移動の際に発生する様々なコストを吸収してくれるのだ。

おまけに、イキのいい連中とブレスト出来る仕掛けがある。
互いにインスパイアされて、専用ラウンジで日常的にコミニケーションの機会が生まれる。
スタートアップから大企業までイベントを通じて、協業することが可能になり、テクノロジーを駆使した仕組みで、自然とビジネスが発生することも少なくないようだ。

まさに、生活のために集まって働く環境から、やりたい仕事に人が集まって働く時代になった。