ニューヨーク

ここまで違うのか。

カリフォルニアからニューヨークに入った直後、鮮烈な印象を受けた。

ホテル全体がエンターテイメントと化していたのだ。
いきなりニューヨークモードに変わり、8時間前のカリフォルニアとは真逆の世界に入っていた。

パブリックホテルのルーフトップはヤバかった。
次から次へとハイセンスなニューヨーク女子たちが入って行く。
外まで大行列になっていて、大騒ぎになっている中を一人たたずんでいた。

次男とフロントで待ち合わせをしていたが、クリスティーナとのデートで遅刻をしてきた。
半年ぶりのニューヨークでの再会になる。

2人でルーフトップに入ると、そこは若者でごった返し熱気に包まれてた。
マンハッタンの夜景を一望しながら、エキサイティングにダンス&トークで盛り上がっている。
段違いのスケールに圧倒されていた。
ニューヨークの中でも人気スポットだけあって、夜中の1時を過ぎても行列が止むことはなかった。

部屋に戻ってビールを飲みながら、マンハッタンでの仕事ぶりを聞いた。
最近仲良くしている数人の人物がいるというので、滞在中に会えるようセットした。

ひとりの人物はイラン出身の60代の女性Mだった。
彼女は40年マンハッタンに住んでいて、アートの世界では実力派でCHANELやGUCCIなどブランドのデザイナーを手がけている。
自宅に招いてもらったが、超高級コンドミニアムで、マンハッタンを360度見渡せる一等地だった。
Mは状況や人物の洞察が達観しているようで、優しく落ち着き払っていた。
次男とは意気投合しているようで、2人とも楽しそうだった。

その後、数名の人物と接見したが超エリートにもかかわらず、如才なく接してくれる人間力の高い人物たちだった。
中卒の次男だが、そのような人々と自然に触れ合える環境を作り出している事に光明が差していた。

人生最大のイベント

カリフォルニアでの全日程を終えて、ニューヨークへ向かっている。

ラリーニッポン10周年は、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジからスタートした。

横浜港から車を運んで、総勢50台のクラッシックカーがサンフランに集結した。

南へ向かい約1300キロを走行したが、海岸線のドライビングコースは息を呑むほど美しく、ダイナミックな景観が広がっていた。

最大のイベントはラグナセカのサーキット場でレース体験をしたことだろう。
名物のコークスクリューはドライビングの見せ場で、一歩間違えるとあの世行きのスリルがある。
このラグナセカを貸切してバトルごっこを楽しめるのは、二度と体験出来ないだろう。

今回のイベントを象徴する企画に、ラリーニッポン代表の小林雄介氏のプロデュース能力が発揮されていた。

ラグナセカの他にも、名門ゴルフ場のペブルビーチ18番コースでのランチ会や、全米で3つに入るモントレーベイ水族館での貸切ディナーなど、横のネットワークを駆使して、人生最大のイベントに仕上げ、参加者を唸らせていた。

参加者の多くは社会的地位も高く、様々なイベントや旅に出かけているだろうが、皆一応に人生最大のイベントだと言っていた。

一方で、運営サイドの仕事は困難を極めていた。
日本の車をそのままアメリカで走らせ、様々な公共機関に配慮して、準備を進めていたがイレギュラーは何度となく発生していた。
リタイア組みのフォローから、車の移動と共に積載の段取りなど、休む暇なく思考を巡らせアクションしていた。
代表の小林氏は言う。
全員が事故なく無事に帰国するまでイベントは終了しないと。