熟練の店

上野駅で待ち合わせをしていた。

予定の時間より30分ほど遅れてくると、K氏より連絡があった。

19時ごろになるとまだ肌寒いので、どこか店に入ろうと近くをうろちょろしていた。
上野界隈で飲むのも久しぶりで、アメ横あたりをぶらついていると、オープンテラスで賑わっている焼き鳥屋をちらほら目にする。

気になる店があったので、のぞいてみると店内は狭いが、賑わっていて雰囲気も良かったので、ここへ先に入って一人で飲んでいた。

カウンターに座ると江戸っ子風のおばちゃんが元気よく注文を取りにきた。
小料理店「志んせい」創業76年の熟練である。
枝豆とイナゴを注文してハイボールを飲んだ。
周りを見渡すと皆おでんを注文していた。

おばちゃんにおでんの話題を振ってみた。
思った通りおでんの出汁は、創業時から継ぎ足し継ぎ足しで、伝統の味が継承されていた。
K氏が来てから注文しようと思い、どれにしようかおでんの具に目が釘付けになっていた。
すると、隣の男性がイイダコが美味いと言った。
更に、牛すじやたまごもいいと後ろの方から聞こえてきた。

おばちゃんにさりげなく聞いてみた。
駅から近い場所だから一見さんが多いと思ったが、馴染みも結構いるみたいだね。
すると、76年やってるから馴染みも多いけど、一見さんも半分くらいはいると言う。

しばらくしてK氏が現れた。
仕事の帰りで長引いてしまい、申し訳なかったと言って隣のカウンターの席に座った。
すると、黙々とある仕事の課題について話し始めた。
こちらは、おでんを早く注文したかったが、夢中で話しをしているため、話の腰を折るわけにもいかず、おでんを注文する機会をうかがっていた。

しばらくの間、Kは脇目も振らず飲みながら話していて、未だにおでんが注文出来ていなかった。
こちらも話を聞いているフリをしながらも、タイミングを計っていた。
よし今だ!話の間が空いた瞬間を逃さなかった。

イイダコ、たまご、牛すじ、大根、ガンモ、早口で滑舌が悪かったようで、おばちゃんは何を注文したのか理解していないようだった。

しかし、そこは熟練の店である。おばちゃんは注文したおでんをきちんと出してくれた。

2人でおでんをつつきながら飲んでいると、出汁の染み込んだ各種おでんの美味さに目を丸くしながら見つめあっていた。
それからの時間は江戸っ子風のおばちゃんに日本酒を振舞いながら、熟練の店の話題で盛り上がった。