収穫際

雨の予想を覆し、天水棚田復活プロジェクトの第一期目が終了した。

思えば、地元の活性化協議会の代表に案内された昨年は、ほったらかしに放置された荒地の里山だった。
その時に、棚田のもつポテンシャルと稲作の歴史や文化に触れ、この地域のもつ強みを生かし都市部の人々との交流を促進しながら、里山のもつエネルギーを復活させようと手を組んだ。

そして、いよいよ収穫際となる最後のイベントが2日間にわたり行われた。

稲穂の状態はベストに仕上がっていた。
通常の2割ほど大きく、本来の長狭米に近い素晴らしい出来栄えだった。

稲刈りはカマを使う手作業で実施された。
私も張り切って田んぼへと向かった。

長靴を履いたままだと、足を取られるので裾をまくり素足で入った。

稲の根元からカマを使い、穂が水に浸からないように気をつけながらスタートした。
始めて3分程しただろうか、足から血がどくどく流れているではないか。
痛みよりパックリと開いた傷の大きさに驚いた。
まずい、始まったばかりでリタイアするわけにはいかないと思うも、続けるには深手を負っているので、ひとまず手当をせねばならないと思い施設に戻った。
カマを手前に引いたため、起こした実にマヌケな失態をしてがしてしまった。

何と収穫際初日スタートとして3分後に完全にリタイアする始末。
それはまるでトライアスロンに出場して最初の水泳100メートル地点で足がつって、全てがおじゃんになり呆然と海で1人佇んでいるかのようである。

イベント主催者のトップとしては面目まるつぶれである。
地元の方々も呆れ顔、私は恥ずかしいやら、悔しいやらで、現場復帰はかなわず、ただひたすら施設で安静にしている事しか出来なかった。

「人生万事塞翁が馬」この諺を戒めていた。

何が良いか悪いかわからないというやつである。

もしかしたら、参加者に事故が起きるのを未然に防ぐ役割をしたのかも知れない。
参加者に良い手本を見せた格好とも言えるだろう。
または、次回以降に向けての失敗事例として、語り継がれる事で新たに事故が起きない抑止力となったのではないか。

そんな事を考えながら目の前の事象に失望感を抱くのではなく、淡々と今この瞬間を精一杯生きる、出し切る、未来を見据えて前進する、こんな想いで収穫際を終えた。

私を除いて大きな怪我もなく、稲刈りの後の餅つきイベントは大いに盛り上がり、つきたての餅をきな粉、大根おろし、あんこ、味噌、の4種類を和えて食し、まぜご飯やおこわ、いなり寿司などの地元の手作り料理を振る舞っていただき、地域との交流を楽しむ場を設けることが出来た。

天水棚田の手作り長狭米は来月には味わう事が出来るだろう。

実に楽しみである。