パチンコ

本当に久しぶりにパチンコ店に入った。

音がうるさく、タバコの煙で空気がわるい、顔相の悪い連中が多い、そこにいるだけで運気が下がるような空間がパチンコ店に対する思いだった。

入った瞬間にそれが現実にあった。
いったいなぜパチンコをやりたくなったのか考察してみた。

稼ぎたかったわけでもなく、なぜ故にあんな居心地の悪い場所に好き好んで足を運んだのだろうか。
あえて言えば、何かたまには逆の事をやってもいいのかも、そんな思いが湧いてきたようだ。

店内に入ると、なるべく人のいないエリアを見つけた。
タバコの煙を避け、顔相の悪い人を避け、なるべく人気のない場所を選んだ。

すると、北斗の拳のパチンコ台があった。
高校生のころに少年ジャンプに連載していた懐かしさがあった。
あのころは、毎週楽しみに欠かさず読んでいた。
それが、この時代に復活している事に驚き、そして嬉しい思いがあった。

一万円札を台の左側に入れると、金額がデジタル表示された。
玉替えのボタンを押すと500円分の玉が出て、残りのデジタル表示が9500円になった。

懐かしいキャラクターが次々と画面に登場してくる。
3桁の数字がピッタリ合うと当たりになる。
これがリーチはかかって盛り上がるのだが、なかなか当たらないのだ。
こっちがその気になって行けるぞと思いきや、外れるパターンが多く、期待している自分が愚かに思いはじめる。
急に赤いランプがついて騒がしくなってきたから、これは絶対当たりだと思うと、肩透かしを食うはめになっていた。

そんな事を繰り返し、デジタル表示残高が5000円になった時だった。
ついに、当たりがきたのだ。
なんだかよくルールがわからないまま、数字が揃って大当たりの表示が出た。
現実の玉の代わりにデジタル表示がどんどん上がっていく。
玉の数だけデジタル表示される仕組みで、実際に玉は出てこないが、みるみるうちにデジタルの数字が1000を超え、2000を超え、4000に達した。

それはそれは、エキサイティングだった。
これが永遠に続くか、錯覚するような心理になる。
金額に換算すると、どの位になるのかも検討つかないが、現物の玉の処理をする手間が省けてよかった。

ここで欲が出る。10000を超えて50000くらいまで行くかも知れないと思った。

何のことはない、最後は全部のまれてデジタル表示の球数はゼロ。
残高表示の金額をさらに突っ込みかけたが、途中で我に帰り打ち止めした。

久しぶりに感じた独特のエキサイティング。
それは、現実の世界で起きているのだが、ギャンブル特有の欲を掻き立てるエキサイトだった。
スポーツをやったり、見たり、あるいはビジネスで成果を出すプロセスのそれとは、全く別の感覚で起きていた。

たまにはいいとは思うが、もう当分あの空間に戻る気持ちにはなれない。