流れ

今年の夏は甲子園の高校野球を観戦している。

38年前、甲子園を目指して3年間高校球児をしていた頃を思い出していた。
甲子園まであと一歩という体験があったが、春夏共に出場することはなかった。

実力だけあれば行けるのか、さらに甲子園で優勝するには何が要因しているのか、客観的な立場で彼らを見ていると、そこには試合中の様々な場面で流れの変化を感じる感覚ではないだろうか。

実力は拮抗しているが、監督の采配で大きく流れが変わるのが、高校野球の醍醐味だろう。
例えば、接戦の場面でのスクイズのサインを出す時は、流れを掴む局面だが、失敗すれば相手に流れを促すリスクを生じる。
投手の交代も同じように流れを大きく左右する。

試合中は流れを手放したり、引き寄せたりするシーンを繰り返すが、ここぞという場面で監督が動けるかが勝負の分かれ目である。

ゲームが拮抗している場面では、動かないと流れに乗れない。
逆に流れに乗った時にはいとも簡単に得点が入ったり、失点を防いだりする。

テレビを見ながら今はリードしているが、流れは変わっていると感じる時がある。
それは、感覚で捉えているので、論理的な説明は出来ないが、結果的にひっくり返っている。

慣れてくると流れが向こうにいっている、こっちにきている、五分五分だとわかるようになってくる。

ビジネスでもまったく同じで、流れに乗っている時には労せずして儲かるもので、いかにして流れに乗る局面で張れるか、動けるかの一点に集約されるだろう。