高校球児

高校球児の時代を走馬灯のように思い出していた。

アイアイアソシエイツのNPOが主催するイベントの対談に登壇した。

今回は土浦日大高校の小菅監督をお呼びして、理事長の堤久美子さんと3人での対談になった。

小菅監督は選手時代に取手二高で甲子園出場を果たし、決勝でPL学園の清原、桑田のKKコンビチームに勝って優勝を果たしている。
また、監督としても17,18年に2年連続して甲子園に出場している名将でもある。

実は、高校3年の時に取手二高と対戦した時があった。
ちょうど小菅監督が1学年下にあたるので、選手時代にお互い顔合わせしていたのだ。

そのエピソードを対談で語った。
当時の取手二校はエースが超高校級で後にはプロ入りした逸材の選手で、監督は木内マジックで全国的に有名になった名将だった。
監督とピッチャーで98%決まるのが高校野球である。

今でも記憶に新しいが、選手みんな野球が楽しくてたまらないといった雰囲気で、よく厳しい木内監督の元であんなに楽しくやっているのが不思議だった。

対談でその事を話すと小菅監督はさらりと言った。
木内監督は厳しくありませんでした。
むしろ、楽しく野球をやることを教わったそうだ。

それを聞いた時に衝撃を受けた。
外から見ると厳しく見えたが実は違っていたのだ。
監督自ら野球を心底楽しんでいたそうだ。

こちらは、まったくその逆で楽しむどころの心境ではなかった。むしろ厳しく必死の形相で野球を頑張っていたとしか言えないのだ。
楽しむどころか苦しみに近い感覚があった。

ここに全ての解があるように感じた。
ビジネスにおいてもまったく同じだろう。

組織のトップが楽しみ、常に良い気分でいたらそれは下に浸透していき、楽しい高周波が蔓延することで、様々な周波数の高い出来事が起こるのは必然であるからだ。

すなわち、頑張ってはいけないのである。
頑張って頑張らないように考えるのはいいが、楽しみながらワクワクしてやるのが成果が早く大きい。

小菅監督の元で選手としてもう一度野球をやってみたいと話した。
監督は答えに窮していたが、素直に感じたことを言ってしまった。