動乱期

想定していたように新型コロナの影響により、ベーシックインカムに近い支援が欧米で広がっている。

昨日の安倍総理の会見を聞く限りでは、打つ手が一歩も二歩も遅く、王手飛車取りのような状況になっていると見ている。

本格的な動乱期に入ったようである。

コロナが一息ついても恐慌が長引くので、普通の人は終始狼狽するしかないだろう。

先の米シンクタンクのレポートによると最善のシナリオでコロナによる日本の死亡者数は12万7000人であるから、まだほんの入り口と言ったところだ。

しかし、マクロに見ると世の中は相対しているので、暗い領域と同じだけ明るい領域が存在していることになる。
従って、暗い領域を包含しつつ、明るい領域に身を置くことが出来るかを注視している。

自らの内側に注意を向けて、コロナや経済に対する不安や恐れ、心配などのネガティブな感情をいかに手放し、心地よく、しっくりする、楽しいといったポジティブなバイブレーションにより現実を起こすことが肝要だと強く感じている。
人はそれが可能なのだから、環境次第の自分から自分次第で現実を生み出す体験ができる唯一無二の存在である。

まさに、今それが試されているタイミングである。
平時より動乱期の方がよりダイナミズムに映し出されるからだ。

先日もスーパーで買い物をしていると、いつもと同じ時間にしてはレジに並ぶ人が多くて驚いた。
すると、都知事の会見でロックダウンの可能性に言及したことが要因だとわかった。
カゴを複数抱えながら買いだめする人が目について情けない感じを持った。

そこに無ければ別の拠点に移動して生活すれば良いだけで、普段から複数の場を行き来する生活をしている身としては買いだめとかの発想はない。

来月は長男のいる石垣島へバカンスである。