社長ブログカテゴリー記事の一覧です
BAD LAND
友人からフェイスブックのいいね ! が140万人近くあり、話題にしてる人が15万人もいる
凄いところを教えてくれた。
バイクで有名なハーレーのカスタマイズ専門ショップだった。
その名を「BAD LAND」と言う。
あり得ない数である。
驚いた私はFBを開いて納得した。
ハーレーというバイクは熱狂的なファンが全国にたくさんいて、彼らは自分達のバイクを
極めて個性的に改造する。
まるでファッションを楽しむかのようで、それに大枚を惜しげもなく叩くのだ。
私は先月教習所を卒業したばかりの新米だが、ハーレーを乗っていると独特の心地良さ
に魅了されていく感じがしている。
そして、WEBを見るとBAD LAND は多種多様にカスタマイズしていて、その技術力が
素人の私でさえ明らかだった。
早速、友人を連れ添って川崎にあるショップに行った。
実際に行ってみると、ショップというよりも板金工場に近い印象を受けた。
代表のクワイ氏と事前にアポをとっていたので、2階に招かれて本人と対面したが、
両腕のカラーのタトゥーからは想像も出来ない、物腰の柔らかい対応で丁寧に、
お客様からのオーダーの事例や実際にカスタマイズ途中のバイクや完成したものを
見せてもらった。
それはWEBで見るものとは大きく異なり、大迫力に圧倒されてしまった。
個性溢れるバイクが並んでいて、隣では若い板金職人が一生懸命仕事をしている。
ほとんど分解されたバイクの原型があったり、見なれない部品があちこちに散らばっている。
クワイ氏曰く、アメリカのバイクをドイツの部品と融合している作品だと称する。
ドイツだけでなく、ヨーロッパの代表的な部品メーカーと直に取引をしている話しを聞いて驚いた。
彼も実際にドイツに行きハーレーのカスタマイズされた姿に驚愕して、日本に帰って
直ぐ研究を始めたという実行力の持ち主である。
一番の特徴はタイヤの大きさが通常の倍位あって、車よりもはるかにでかいのだ。
黒をベースにホイルやミラー、ヘッドライト、マフラーなど悪者仕様になっている。
全国からお客様自身が持ち込まれるという。
その日は広島、大阪、名古屋の関西ナンバーがあった。
BAD LAND のスタッフはメカニックを合わせても10人にも満たない少人数でやっている。
このところ、注文が多くてメカニックが足りないとクワイ氏はつぶやいていた。
発想、技術力がずば抜けていて、世界と戦える本当に逞しい企業を垣間見た感じがした。
正に職人芸、ここでしか作れない芸術品となって仕上がるのだ。
私のハーレーも当然にカスタマイズの注文をすることに。
しかし、注文を受けてから完成するまでに半年かかると言う。
部品をドイツに発注して2ヶ月してから制作に入るから、みんな完成を一日千秋の
思いで待っているという。
私みたいな先月までバイクに全く興味が無かった新米がやっていいものかと、
一瞬躊躇があったが人生やりたい事をやろうと思い決めてしまった。
早く完成したハーレーが見たい。
娘達と買い物
日曜日の渋谷は台風が接近しているにも拘らず、人混みはいつもと変わらなかった。
109へ娘2人の買い物に付き合う為にやって来た。
勿論、パパの役目はお金であって実際に洋服を見立てるのは彼氏の役目である。
長女は彼氏と一緒になって約2時間もの間、店内の服を選んでは試着をするという、
ここぞとばかりに買い込む構えを見せていた。
私は最初の1時間は2人の様子を見ていたが、耐え切れずスピンアウトしてしまった。
一方次女は小学生6年なので店内に似合いそうな服が無いと思いきや、
店員さんが駆け寄って来て、あれやこれやと色んな服を持って来る。
次女もその気になって豹柄のワンピースを試着する展開になる始末。
思い直して豹柄のフード付きのジャケットに留めてくれたので安心した。
2人とも値段を一切気にする様子も無くあれがいい、これがいいと大はしゃぎだった。
お会計の場面になってパパは呼ばれた。
私はある金額を想定していて、超えていれば品物のチョイスを変更する様に促す
つもりでいたが、想定内だったので気持ち良く支払った。
これでお終いと思っていたら、次は原宿に行きたいと言う。
こんな事は滅多にないので、私は頑張って付き合った。
竹下通りにあるアイドルショップに向かった。
勿論、次女のリクエストでみんなで行ったのだが、長女と彼氏は近くへプリクラを撮りに行った。
私はアイドルショップへ次女と共に入ったが、これまた選ぶのに時間がかかり
外を見れば雲行きが怪しく、今にも台風が近づいてくる感じである。
私はもういい加減に帰らないと台風が来るから早く帰ろうと促すが、娘はいっこうに
気にする様子も無く夢中になっている。
ここで怒ったら元の木阿弥になってしまうので私は我慢した。
いや、正確にはスピンアウトして隣のカフェに入って待った。
疲れていたので、モンブランパフェを注文した。
周りを見ると女子がいっぱいで、男が一人くらい居てもいいのに全員が10代の女子である。
まぎれてしまった私は仕方が無いと諦めてパフェを食べ出した。
しばらくすると、みんな戻って店内に入ってきたが、もう直ぐにでも台風がくる感じなので、
早く食べて帰ろうと言ったが注文してもなかなか来ない。
やはり、せっかちな私が彼女達に一日付き合うのは何よりも難しいと思った。
結局、台風に遭遇してびしょ濡れになったのだ。
あったらいいのに
ハーレーに乗って天然村へ向かった。
慣れない高速道路を使ってアクアラインのトンネルを抜けると、
横から海風が強くバランスを取るのが大変だった。
何とか通過したが、ハーレーの場合姿勢がほぼ直角なので
時速100キロを超えると風が強く当たり、風圧でスピード感を
楽しむ事が出来なくなる。
このバイクはゆったりツーリングを楽しみ、景色や、風、空気を
その土地土地で感じて楽しむためにあるようだ。
私はどちらかと言うとスピードを楽しむ方が好きである。
初心者で技術も無いが、やはりスピード感が楽しめないと
性格的に飽きてしまうようである。
既に私の感心はハーレーよりもイタリアのバイクに移っている。
乗りやすく、スピードも出て、カッコいいバイクがあると友人が教えてくれた。
天然村の村長もバイク好きで詳しい。
彼もイタリアバイクを熟知していた。
南房総の千倉にハーレー大好きなご主人が、ピザ屋を
やっているから一緒に行こうとなった。
彼を後ろに乗せ初の2人乗りをやったが、最初のうちはバランスを
何度か失って、エンストはするし、バイクを倒すし、フラフラであった。
特に信号で止まる時と発車する時に危なくなる。
彼もハラハラだったと思うが何とか店まで到着した。
店内に入ると、アメリカンテイストな感じが全体に広がっていた。
ご主人と奥様のバイクが店内に飾られていて、ヘルメットもたくさんあった。
おまけに工具類が何十種類と壁掛けにあったりで、かなりマニアックな感じだった。
ハーレーの本もたくさんあって、ここは休日ともなると都心部から
ツーリングでハーレー好きの連中が集まってくるそうだ。
ご主人曰く、自身の手でいじるのが好きで、自分でカスタマイズもするようである。
こんな感じでバイクが好きな人は凝り性のようだ。
私のようにスピードだけに感心があるバイク乗りもきっと珍しいのかも知れない。
しかし、自分の趣味を通じて「あったらいいのに」この感覚がビジネスに繋がる感が私にはある。
ピザ屋のご主人と話をしていても、店内を見ても非常に参考になる。
一人のユーザーとしての純粋な目線から考えて見ると、あったら便利だとか、
嬉しいとか、そんな感覚が新たなビジネスを生み出す気がしている。
見極め
見極めをもらった。
随分と懐かしい言葉である。
18で車の免許を取得した際に教習所でこの見極めをもらって以来の響きであった。
暑さの続いた約二ヵ月、ようやく大型二輪の見極めをもらって教習所を卒業できたのだ。
見極める検定試験当日の受験者は大型二輪で私を含む3名であった。
走行順位は私が二番目で、一番がいかにもライダー風な30後半の男性で、
三番目が体力、技術に自信がなさそうな60前半の男性だった。
やはり検定当日は緊張する。
今日が最後にしたいと言う思いと、落ちたくない気持ちが錯綜する。
本番に強いタイプと弱いタイプがあると思うが、私はどちらかと言えば本番で失敗して
やり直しする経験はほとんど無かった。
数日前からイメージする念の入れようで、走行するコースをイメージしながら見極めを
もらっている自分をイメージをしていた。
しかし、当日の一番手のライダー風の男が最初のクランクでパイロンを倒して失格になった。
彼ほどの男が日常では絶対にしない失敗をしでかしたのだ。
恐らく緊張で体が硬くなったのだろう。
普段通りの力どころか、教習中では一度も失敗の無い経験を本番でしてしまう。
私の脳裏にもそのイメージが突然と入り込んでしまったかのようだった。
実際に私が最初のクランクではいつもの自分とは違っていた。
一瞬ヤバイと思ったが、気を取り直し瞬間的に巻き返したので無事通過出来た。
三番目の男性も見ていて明らかに最初のクランクで失敗するかに見えたが何とかクリアした。
やはり、一番手の男性の失敗が脳裏によぎってしまうのだろう。
結果から見ると、本番に強い三番手、本番に弱い一番手とタイプに分かれた。
翌日にハーレーの納車があった。
私は喜び勇んでバイクにまたがった。
その瞬間、右足ふくらはぎに激痛が走った。
マフラーに足が触れて火傷を負ってしまったのだ。
私は短パンだったのだ。
痛くて納車の喜びが何処かに飛んでしまった。
おまけに、車体が長いので車庫に入れるのも一苦労、扱い慣れてないので車体を倒しそうになる始末。
トロッコが坂道から転がり落ちるような、ほうほうのていの有様だった。
ラスベガスへの旅
全米から集まる、年に一度の祭典に参加してきた。
それは米国にSSAというストレージ協会があっていわゆる収納トランクルームである。
日本にもJSSAのストレージ協会があり、今回私を含めて理事が中心となり、ラスベガス
でのビジネスミーティングに参加した。
彼らは朝早くからミーティングの習慣があるらしく、8時に第一回目、10時から二回目と
言った具合に始まる。
JSSA側の参加者8名に対して米国SSA側の参加者12名と通訳を介して現状や課題、
新たな取り組み等を意見交換しあうなど、収穫の大きいミーティングとなった。
彼らは専門分野のエキスパートが提携しながらチームを組んでいるので、非常に自信
あるプレゼンテーションだった。
特にマーケティングには力を入れていてシステマチックな構造になっているのが印象的だった。
6日間の日程だったが、ミーティングを中心に現地視察、展示会等に参加して毎日朝と
夜は仲間同士のブレストがあったりするので、一日があっという間に過ぎて行く。
おまけに時差ぼけが手伝って、寝るに寝れない夜もあったりする。
私の場合はカジノが好きなので、夜のミーティングが終わる11時頃からブラックジャック
のテーブルにつく。
そんなんで、尚更に寝不足の状態が続いていた。
ラスベガスのカジノは必ずホテルの一階にある。昼間の客はおっとりとしたアメリカ人が
多いが、夜になるとエキサイティングなアメリカ人や中国人が大きく貼ってくるのでとても面白い。
酒を飲みながら同じテーブルの連中と呼吸を合わせて、ディーラーとの勝負が繰り返される。
私はどちらかと言うと、同じテーブルの連中は気にせずディーラーの勝負運をじっと観察している。
向こうが少し落ちてきた所を見計らい勝負に出る。
テーブルの連中を観察するのも非常に面白い。
中には私の判断に憤慨して目も合わせてくれないやつもいたり、迷ったあげく私に判断を
仰ぐ者がいたり、一緒になって喜び叫ぶやつもいたり、勝負に拘らずブラックジャックは大好きなゲームである。
つい夢中になって朝までやってしまい、シャワーを浴びてそのままミーティングに参加する日もあった。
ラスベガスは興奮冷め止まないところだった。
帰りはロスに戻り、現場視察を兼ねてビバリーヒルズを見てから、サンタモニカの海岸線で
ステーキを食べたり観光してきた。
やはり現地に行って見て会って、というプロセスが本当に大切なんだと痛感した今回のラスベガスの旅であった。
聞こえない
教習所に通い始めて一ヶ月が過ぎた。
ようやく通過点の中型を取得したが、教官によって教え方が違うので
こちら側からすると、捉える観点がいくつかあるので掴みやすいのだ。
例えば、バイクを立ちながらゆっくりと凸凹を通過する練習があるのだが、
教官によってクラッチとアクセルの使い方を色んな角度から教えてくれる。
人によっては捉える観点が違うし掴むポイントも変わってくるので、
毎回違う教官に習う仕組みは素晴らしいと思った。
一度こんな事があった。
教え方は上手いし技術も凄腕の教官がいるのだが、冗談の一つも言わない
無愛想な若手にレッスンを受けた時があった。
レッスンの前に説明があるのだが、彼の説明に対して私は深くうなずき、
自信をもった在り方で聞いていた。実際にやって見ると違う事をするので
教官は私を呼び止めこう言った。
あなたは私の説明を自信ありげにうなずいていたが、本当に人の話を聞いていないんだな…
彼は苦笑いをしながら言った。
私の本質は人の話を聞かない、いや聞こえないと表現した方がいいだろう。
聞かないとは相手の話を理解した上であえて聞かない選択をするのだが、
私の場合は相手の話の内容が入ってこない、故に聞こえないという表現になる。
なぜそんな事になるのか、翻って考えて見ると相手が私に説明している時に
違う事を考えている場合が多いようだ。勿論、全部がそうではないが部分的に
自分の世界に入るので、抜けてしまう事がしばしばある。
今回のケースも教官が説明している時に私はどうだったか。
明らかに説明を割愛して聞いているのだ。割愛とは説明する方の言い分だが、
私の場合は逆をやってしまっている。
説明よりも早く実践してやって見ないと解らないだろうが…
こんな思考の時に肝心な事が抜けるようだ。
あるいは全く別な事を考えている場合もあったりする。
無意識に深いうなずきをしているが、聞こえていないのである。
私が深いうなずきをする時は聞いていないとよく言われる。
今に始まった事ではないので、簡単に治るとは思えないが、今度
傾聴セミナーのお誘いがあるので参加してみるつもりである。
トレーニングウォッチ
誕生部プレゼントに会社の皆からという事でトレーニングウォッチを貰った。
私が毎日ランニングをしている事を社員の皆が知っていての贈り物だった。
この時計、最初の設定が非常に複雑で慣れる迄に時間がかかった。
パソコンとの連動により価値が上がるので、時計とパソコンの両方を設定する必要があり、面倒なので秘書にやってもらった。
GPS機能が備わっていて、どこで走ってもパソコンの地図上に足跡が残り、公園の周りを何周したかまで一目でわかる。また、タイム、距離、消費カロリー、平均ペース等がグラフ表示で示されていて、記録を管理するにはとても便利で、アスリートや何かの大会に出場する人には目標のプロセス管理には非常に役に立つ時計である。
私の場合そのような目的がないので、それ程ストイックに管理するつもりはさらさら無かったが、始めるうちにタイムが気になり毎回速くなっているので、更に好記録を出そうという気持ちになってくるのだ。時計をつけて走る前までは、マイペースで時間を気にする事は全くなかったのだが、今は必死の形相でほぼスタートから全力走行しているので、途中で何度も苦しくなる場面がある。ラストスパートなんかもやったりして終わったあとは、まるで箱根駅伝の走者が倒れるようにたすきを渡すシーンのごとく、力を出しきりゴールの瞬間に時計を見てタイムを確認するまでになった。マラソン大会に出る訳でも無いが不思議と時計が気になり、昨日より遅れを取るのが嫌になったのだ。お蔭様で付けたあとのタイムが4分も短縮したのだ。このようにハイペースを続けて行けば10分くらい縮まるかも知れない。
しかし、走っていても苦しい場面が多くなり辛くなるばかり、止める訳にも行かず、タイムに何故か縛られる始末。おまけに走る前に緊張までして、抜こうとする足が抜けず状態になっている。こうなったらホノルルマラソンに出て、時計を貰った会社の皆に心の底から御礼が言えるようになりたい。
1000年の宿
お盆休みに仙台に行ってきた。
新幹線で東京から約2時間、駅から宿の送迎バスに乗り40分で到着した。
1000年の歴史を誇る宿とはどんなところなのか、興味深く想像を遥かに超えた物語があった。
そこは秋保温泉の「佐勘」という収容人数で800人の大型旅館である。
秋保温泉は昔から日本で三本の指に数えられる程、有名な温泉地らしい。
兵庫の有馬温泉、愛媛の道後温泉、宮城の秋保温泉、のようだ。
本来私は大型旅館よりも、むしろ部屋数が少なくひっそりした感じの宿が好みなのだが、
今回は子供も一緒なのであえてここにした。
久しぶりにこのような大型旅館に宿泊したが、想像していたよりもかなり良かった。
施設の設備や造りもかなりスペックが高く、修繕が行き届いている感じで素晴らしかった。
特に天然の木材を使用している所が多く見られ、手作り感が出ていて大型施設とは思えない
心地良さがあった。
一方で料理の方も期待してなかったがコスパは高く感じられた。
ウニも生きたまま貝の状態でスプーンで食べたが鮮度抜群で美味かった。
アワビの踊り焼きもなかなかで非常に柔らかい食感で良かった。
すき焼きも出て牛タンもあり、とにかくメニューが豊富で食べ過ぎて満腹になった。
仙台の特産物といえば牛タンだが、駅周辺の様々な店でも市街を離れた旅館でも牛タンの
文字が賑わっているが、よく考えて見るとそんなに大量の供給が地元仙台でまかなえる訳
もなく、近年はオーストラリア産の牛を使っているので不思議に感じてしまう。
あるいは、殆どの人が生産地を知らないのか、宮城牛と思い込んでいるのかも知れない。
極めつけは歴史の物語である。
1000年も商売が継続しているなんて驚くべき事実なのだ。
紐解くと転機が江戸時代にあって、伊達藩がピークの時に当時の経営者の手腕によるところが
強く見られる。
当時の大地震で火災による全滅があったそうで、店仕舞い寸前まで追い込まれたそうだ。
しかし、諦める事なく不屈の精神で蘇ったそうである。
一言では言い表せない当時のトップの力量だ。
今回の震災では被害は最小のようだったが、当時の経験から震災に備えた設備や建築構造が
伝承されているお陰だそうである。
今回宿泊してみて思ったが、もう一度行ってみたい。
1000年の宿はやっぱり何か違う。
おもてなしから食事、設備、温泉と満足の旅館佐勘は様々なファンがいて、繰り替えし利用する
お客様で発展し続けていくだろう。
新しいチャレンジ
まさかこの歳になって教習所に通う事になるとは思いもしなかった。
友人が大型二輪免許を取るので、一緒にやろうという事になった。
遊びの新たなチャレンジに楽しみ半分、不安半分、の心境で教習所に行った。
その前日に友人とバイクショップに出かけ、またもや衝動買いしてしまった。
バイクの事に全く興味がない私が、一人でバイクショップに行き買い物する事はあり得ないので、
今回は友人が事前に私に合うバイクを自分ごとの様に研究してくれたのだった。
ハレーダビッドソンのV-RODというやつで、低くて長い車体がスタイリッシュだった。
さすが友人の目に適うだけの事あって、私も気にいって購入してしまった。
しかし、このバイクはクラッチとブレーキが通常よりも前方に位置しているため、
足が届くのが結構ギリギリなのだ。
向こうのバイクなので、足が短い私とすれば決して乗りやすい印象ではなかったが、
スタイリッシュ優先で決めてしまった。
教習所に通う前に購入した事もあり、免許を取得する意欲も上々で教習所で入学手続きを済ませた。
当日に適正検査と実技練習があった。
周りを見渡すと学生らしき若者や茶髪のあんちゃんが目立っていて、
適正検査でも私が最年長での受講だった。
ちょっぴり違和感があるなかで実技の練習が始まった。
若い教官に指導されながら、うなずいている自分を観察していた。
随分と長い間、人に指導された事がなかったので新鮮だったのと、いっぺんに説明されても
忘れちゃうから、早く乗って行動しながら考えようよ、と言う自己話を心なのかでつぶやいていた。
人の話を聴かない傾向が強い私は上の空だったが、いざ運転になると周りは車が練習してるし、
ぶつかったら大変なので、真剣そのもので教官の言う言葉に耳を傾けながら、必死で運転していた。
30分も経った頃にはコツが掴めて楽しくなってきた。
初日はこんな感じだったが、バイクも買ったしなるべく早い期間で卒業して友人とツーリングに行きたい。
まずは中型を8月中に取得して、大型は9月で仕上げ10月からハーレーに乗って
北海道の大草原の中をぶっ飛ばしてみたい。
夜の皇居
人形町で会食した後、歩いて帰ろうと思い20時30分に出発した。
六本木に到着したのが22時50分だった。
日本橋から大手町を抜けて日比谷に向かう途中で、皇居を経由して霞ヶ関に出た。
皇居を歩いていると辺りは真っ暗で、遠くに守衛さんが居る場所の灯りが薄らと見えるくらいだった。
一方で反対側を見渡すと丸の内から日比谷にかけて立ち並ぶビル群が異様に映った。
自分が立っている場所が、まるで江戸時代にタイムスリップスして、
未来の映像を見ているかの様であった。
また、ドバイの砂漠から見上げるホテル群の光景にも重なった。
しかし、あそこから見ていると本当に別の国に見えるし、
江戸時代が少し体験出来るかのような面白さがある。
しかし、昼間に来て見る光景では恐らく感じられないだろう。
夜だから違いが鮮明にわかるのだと思う。
あれだけ電気を使う文化になったんだと、夜あそこに行くと自然に感じてしまう。
本当に不自然な感じがするのだ。
同じ時代の空間とは思えない違和感を抱いてしまう。
夜の皇居から見るあのビル群の放つ輝かしい光を見ているとそう感じる。
東京や都市部の商業地は電気を大量に消費するのに対して、
地方の田舎に行くと夜は辺りが真っ暗で、皇居の夜と同じである。
やはり暮らしの拠点は地方の田舎に移すか、暮らしの比重を段階的に都市から田舎に移行するのが、
今直面しているエネルギーの問題を根本的に解決する手段ではないかと思う。
夜の皇居を散策していると当たり前のように感じてしまう。
たまに時間がある時は、歩くのも色んな発見があって良いと思った。
しかし、歩き過ぎで翌日は腰がとても重かった。