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瞑想修行
ちょうど10年前に京都で参加した瞑想修行があった。
今回はご縁をいただき10年前に新設された千葉での施設で修行に参加をした。
この瞑想修行は実質11日間、朝4時から夜9時まで決められた規律の元で、ただひたすら瞑想に励む修行である。
外部との接触は一切断ち、敷地からも一切出入りが禁止される。
また、参加者同士のコミニケーションもあらゆる方法が禁止される。
言葉を交わすのは勿論のこと、ジェスチャー、筆記、視線を合わせることを禁じられる。
また、携帯やスマホ、筆記用具、本の持ち込みも一切出来ない。
そして、酒やタバコ類は一切禁止である。
極限に自分との内側に向き合うことに徹する。
1人で修行に集中するような仕組みになっている。
インドから生まれた「ヴィパッサナー瞑想」である。
今回の参加者は男女合わせて50名ほどだったが、外国人が1割ほどいらした。
アメリカ、ヨーロッパ、インド、中国から来ていた。
今回の日程は8/5の夕方に現地に入り8/16午前中で終了した。
結論から言うと、とても精神的、肉体的に苦痛が伴う260時間の沈黙だった。
一番の苦痛は、自由が一切ないことだ。
日課もきちんと定まっていて、食事は朝6:30と昼11:00の2回だけで、基本的には玄米と味噌汁で、たまに温野菜や切り干し大根などが食べらる。
私は1日1食主義なので全く問題ないが、普通の人は慣れるまで時間を要するだろう。
私にとっての1番の苦痛は就寝の時間だった。
20数名が一つの空間に雑魚寝をする。
私の両隣の1人はイビキのうるさいインド人で、おまけに鼻炎かなにかでとてつもなくデカイ唸り声をあげ、もう一方の僧侶は神経質で細かく、ちょこまかちょこまか荷物の整理を夜中にやったり、朝2時から起きて色々やっているので、おちおち寝てられないのだ。
文句を言ってやろうにもコミニケーションの手段がないので、咳払いをして暗にしらせるも我が道を行く僧侶には効き目なし。
おまけに向かいの奴は、歯ぎしりが凄い音をたてている。
酒も飲んでれば寝つくかも知れないが、こんな調子で消灯時間が21:30だからたまったものではない。
1日目の夜から何でこんなところに来てしまったんだろうと、後悔するも後の祭りである。
2日目の昼間に空を見上げながら想いにふけていた。
突然に外部との連絡が閉ざされ自由が効かなくなる時間を過ごさなければならないなんて、まるで北朝鮮に拉致された気持ちになってしまう。
敷地内の活動は限られる。
5日目位にあまりの運動不足にシャドウーボクシングを端の方でやっていた。
すると、数時間後に指導者からお呼びがかった。
何かと思って行ってみると、あのような運動は控えるようにとたしなめられてしまった。
まるで子供の世界である。
行儀の悪い子供が先生から叱られているのと何ら変わらない世界である。
郷に入れば郷に従えと言うことで自らを治めた。
それほど、落ち着き払い自分の内側と向き合う事に集中するのである。
朝4時から座り始め休憩時間を何回か挟むも、夜9時まで殆ど座っている時間だから、内側と向き合いたくなくても、3日目を過ぎれば自ずと落ち着いてくる。
私は2回目なので、多少要領を得ているが、今回は改めて深い掴みをもたらしてくれた。
一日中瞑想をしているのは、自らの身体の感覚を観察しているのだ。
今この瞬間に生きる修行である。
私たちは日常において、無意識で刺激に反応して生きている。
それは、過去の記憶からの反応であり今の事ではない。
だとすると、刺激にただ反応するのではなくて、その時の身体の感覚を平静な心で観察することで、いたずらに怒りや恐れ、悲しみなどの感情に左右されなくなる。
言うは易しで、ここまでに達するには時間を要するが、ただ無意識に過ごしている人生よりも遥かに尊いことのように思う。
修行は現実現場で実践してこそ価値あるものである。
私も毎日の瞑想で、平静さを保った生き方を目指します。
社交ダンス
何年かぶりにメイクをしてステージに立った。
まさにぶっつけ本番の社交ダンスの発表会だった。
1週間ほど前に練習不足を理由に辞退を申し上げた。
皆さんの足手まといになるというか、もはや私が出演する事で発表会そのものが成り立つはずがないと思ったからだ。
メンバーの方々に連絡をしたが、Yさんからどんな状態でも大丈夫、出演することに意義があると言うメッセージをもらった。
非常に心強いメッセージに私は動かされてしまった。
やぶれかぶれで出演することを決めたが、時間を大幅にカットしてもらった。
当日会場に着いて驚愕してしまった。
何とメンバーの全員が別人のような出で立ちで、本番前のレッスンをしているのだ。
普段は化粧もせず、Tシャツにトレーニングパンツの彼女たちしか見てなかったのが、その日はバッチリメイクをし、きらびやかな衣装を身にまとっているではないか。
おまけに完全にダンサーの雰囲気で皆んなのまとまり感が抜群で、その美しさと本番に望む準備が素晴らしくて感激した。
感情が高まってくるのが自分でも感じとれた。
一生懸命に普段の練習を積み重ねてきた素晴らしいチームの姿だった。
時間がないのを理由に中途半端に練習もしない自分が恥ずかしかった。
私もこの雰囲気と彼女たちのノリに自然と気持ちが高揚していた。
メイクの効果もあり完全に隣の2丁目の住人と化していた。
プロデューサーや撮影、照明の裏方さんもスタンバイしていよいよ本場に近づいてきた。
3連休の最終日ともあって、続々と訪れる観客はあっという間に満席になっていた。
私の出番はほんの少しの時間とはいえ、緊張感が漂ってきた。
きちんとやるのではなく、役者に成りきって在り方で勝負だと決めた。
自信に満ち溢れた演技は観客を魅了する。
多少のミスはプロの審査員でもないので、目立ったりはしないだろう。
むしろ振付けを気にし過ぎるあまり、演じることが弱くなれば全体を見ている観客からするとかえって変に目立ったりする。
しかし、いざ自分の出番がきた時にはどうだったか。
演出している最中は無我夢中でやっているのでわからなかった。
後でビデオを見てわかった。
動きが固くて、まるでロボットがダンスしているようではないか。
おまけに2丁目のオカマが突然ステージに現れたと思ったらロボットみたいなお粗末なダンスを披露しているかのようである。
これが何とYouTubeにアップされてしまったのだ。
今のところ身内以外に知れ渡る手段はないと思うが、何としても知れ渡ることを止めたい。
オービス
おもむろにポストから取り出した郵便物に目を通していた。
すると、一枚のハガキに目が止まった。
東京交通機動隊からの速度違反の通知だった。
最初はただのスピード違反だと思っていた。
出頭要請のある日時に行けないので、ハガキに書いてある担当者に電話してみた。
ところで、どの位のスピードだったのかと訪ねてみたが、本人確認が出来ないと教えられないと言う。
赤いランプがついたのは気づかなかったかと問われたが、私はまったく気がつかなかったと答えた。
日時がはっきりと記されていたが、当日の記憶もまったくなかった。
その日は土曜日早朝に天然村へ行く途中だったが、まったく気づかなかったのだ。
仕方がないので希望の日時に変更してもらい、当日聞くことで了承した。
しかし、気になったのでネットで調べてみて唖然としてしまった。
何と高速道路でオービスに写ると、確実に赤キップが待っていると書いてあるではないか。
おまけに50キロオーバーだと90日の免停処分になる。
マスト30日が免停になる。
うーむ、参ったと思った。
オービスに写るなんて、10代の時に一度捕まって以来の失態である。
当時はマスクをしてたら捕まらないとか、遊び半分だったような記憶がある。
オービスは現行犯ではないので、完全な証拠が揃っていないとあちらとしてもハガキが出せないようだ。
例えば、車が重なって写ってるとか、何らかの不確定要素があれば通知は出せない。
現行犯でないと捕まらないと言えば、つい先日に友人からネタの一つとして聞いて欲しいと電話があった。
彼はバイクで走行中に違反をしてパトカーに警告をされたらしい。
前のバイク止まりなさいとマイクで叫ぶ警官に対し、彼は瞬時に戦略を描き実行に移した。
点数がギリギリになっているため、逃げ切ると決めた彼は気付かないふりをして、淡々と前を向いて走り続けた。
完全に聞こえないふりを決め込んだ彼はタイミングを見計らって狭い路地に入り込み、更に曲がりくねった末にバイクを止めてカフェに逃げ込み、素知らぬ顔でサンドイッチをパクついていたそうだ。
見事に追っ手を振り切り現行犯を免れたという。
要するに現行犯でないと捕まらない領域があるのだ。
その場でしょっぴく事が出来ないとあちらもお手上げ状態になる。
しかし、逃げ切れない場合には免許剥奪の刑が待っている。
一か八かの勝負に出た事になるわけだが、10代の若者ならいざ知らず、50にもなろうとしている大人がやる事なのかと言われてしまえば返す言葉もないだろう。
非常にユニークで楽しませてくれる友人である。
私の場合、現行犯ではないが鮫洲に行ってこの写真は私ですと認めざる得ない状況の中で、サインをして赤切符を切られ免許証はその場で没収される事になるだろう。
まさか、いつまでも先延ばしにしておくわけにもいかない。
予定通り出頭してシナリオに従ってやるしかないと決めている。
果たして、30日になるのか、90になるのかは、その日にならないとわからないが、取り越し苦労は最大の毒素なので、腹をくくって90日を覚悟するしかなさそうだ。
今回を機にオービスのある場所に注意を払って運転するか、オービスを知らせてくれるアプリでも探してみようかと思っている。
長男
夜中の3時に携帯電話が鳴った。
このところ睡眠時間が少なかったので熟睡していた。
パッと起きてディスプレイを見ると長男からだった。
新宿からタクシーに乗ってきたが、財布を無くしたか何かで支払いが出来ずに警察にいると。
私は起こされた事に腹がたって文句を言った。
何をしてるんだと、すると警官に変わると言い元気のいいハキハキとした口調で、息子さんが無銭乗車で交番にいます、あなたの住所、生年月日、電話番号をお知らせ下さいと言ってきた。
私は寝ぼけながらも仕方なく彼の質問に答えた。
何となく彼の上から口調に引っかかっていた。
すると、今度はタクシーの運転手に変わると言って支払いはどうしましょうかと言ってきた。
運転手さんにはお詫びを伝えた後、振り込みをするので安心して欲しいと伝えた。
本人に振り込ませるが、万一支払いがなされない場合は、私に連絡いただければ振り込むから大丈夫だと。
これから交番に行って払うのも、自宅に来てもらっても、睡眠時間が削がれるのが嫌なので、振込みで納得してもらった。
その後、直ぐに寝るはずだったが、多少興奮したのか目覚めてしまい寝れなくなってしまった。
結局、睡眠時間を削がれることになってしまった。
私は何故こんな事が起こるのだろうか考えていた。
もし、自分が原因して起こっている現象だったら何の意味を伝えているのか。
考えていたが、わからず仕舞いだった。
つい先日も長男から賃貸の保証人になって欲しいとの依頼があった。
私は普通に保証会社がつくはずだから、連帯保証人はいらないはずだがと思い、不動産会社に連絡をしてみた。
すると、保証会社に保証料の支払いをして契約してもらう事は条件になっているが、連帯保証人もつけてもらいますと言ってきた。
私は両方はおかしい、どちらか一つにするのが筋だと言った。
しかし、両方が契約する条件のマストだと向こうも曲げない。
私は本人と話して見ると伝えて電話を切った。
長男は気に入っている物件だから決めたいと言うので彼の意見を尊重した。
おきまりの連帯保証人の承諾書と印鑑証明書を準備した。
後でわかったが、彼の与信が足りなかったのだ。
今年で21歳になる長男は、高校を中退したあと音楽活動を続けながらアルバイトをしている。
どこかの会社に所属するのが嫌いなようで、これからもどこかに就職する気になれないと言うのだ。
しかし、タクシーの未払いだったり、連帯保証の件にしても自分で責任が取れない以上、これからの人生で社会人としてしっかり自分の位置を確立しないと、いつまでも独り立ち出来ないままである。
まだまだ、子供のマネージメントが必要なようだ。
アウトソーシング出来ない以上、私がやり切るしかないのだ。
直面しながら前進していくしかないようだ。
天然村野良作業イベント
毎年定例になっているが今年は1番きつかった。
全社員による天然村野良作業は、炎天下の中2日に渡って行われた。
1日目は10時から18時までみっちり除草作業を中心に汗をながした。
夜のバーベキューでは、生ビールサーバーが大好評だった。
10ℓの樽があっという間になくなった。
うちの会社は酒が強いやつがたくさんいる。
特に女性陣はたくましく、仕事の面においても宴の席でもリーダーシップをとっている。
男性より女性の方が強いのだ。
会社の飲み会でも朝まで残るメンバーはいつも同じ顔ぶれになる。
私も数年前までその一員だったが、最近はついて行けず一次会で上がってしまう。
6時半から始まった屋外バーベキューは、日中の疲れから酔いが早くまわり9時位には寝てしまう人もいた。
みんなで蛍を鑑賞したり、満点の星空に感激したりして楽しんだ。
それから誰が言い出したのか、ゲームをやろうということになった。
ダンダダンというゲームで、みんなが円になって最初の1人が誰かをダンと言って指名する。
指名された人は更に誰か1人をダンと言って指名する、そして3人目の指名した人の両隣りの2名はダンダダンと言いながら両手を振る仕草をする、それを繰り返していく過程で間違った人が一気飲みをするというルールである。
私は初めてだったが、やっているうちに要領が掴めてきたと思った。
しかし、2回目に手を出したり、3回目の隣にいたのに見過ごしたり、ちょこちょこ間違って一気をするはめに。
すると、酔いが回ってきて思考回路が鈍り2回だか3回だか解らなくなる始末。
負のスパイラルに入り、間違うと一気飲みでまた間違いの繰り返し。
何とか間違わないように目を見開くも苦しい展開で、私の他にNも同じ位に一気飲みの負の連鎖に陥っていた。
実は我々は狙われていたのだ。
大いに盛り上がり眠くなってきたが、元気のいい女性陣は寝かせてくれない。
彼女たちは本当に元気よく明るい。
よく見ると残っているメンバーはいつもと同じ顔である。
他の連中は明日の3時の暗闇の中で釣りをするので寝ている者、酔いつぶれている者、規則正しく就寝している者と様々だか、この後のサプライズは私も知らなかった。
夜12時を過ぎてダンダダンも誰が味方か敵だかわからなくなって酔っ払ってきた時にサプライズが起きた。
男子社員のOが日付けが替わり誕生日になったのだ。
祝いのケーキが差し出されクラッカーでハッピーバースデーを歌った。
このサプライズの演出も女子社員が企画をしたそうだ。
なるほど、寝ては駄目だというのが理解できた。
こんな感じでうちのメンバーは粋な計らいをする。
みんな若く仲がいい。
2日目は朝7時から野良作業が開始なのも、ちゃんとに起きて作業を淡々とやっている。
本当にみんな素晴らしく、一つの方向に向かう結束力を感じる。
また、愚直に取り組む姿勢からも普段どんな仕事をしているかも伝わってくる。
午前10時には終了したが、今年はかつてない素晴らしい天然村野良作業イベントになった。
口説く
何を避けていたのか、最近友人の助言でその正体が明らかになった。
前々から言われていたような気がしたが、まったく耳に入ってこなかったようである。
2016年度の新卒者採用で、Y君が最有力候補として採用チームが選考してきた。
しかし、大企業を含めて内定を6社からもらっているY君をこちらに振り向けるのが採用チームの最大の焦点だった。
そこで、採用チームのリーダーと私とY君の3人で会食をする事になった。
この時点では残念ながら私は気づいていなかった。
会食では、会社のヴィジョンや価値観を深掘りして話し、現場の実話をリーダーが話したり、プライベートのことやらお互いの趣味の話で和やかな時間を過ごした。
私としては決めてがない感触があり、正直このままの状況で内定を出したとしても、彼が来てくれる可能性は低いと感じていた。
しかし、こちらから主体的に効果的な動きをする事は見出せないでいた。
その後、友人とその話をする機会があり、彼は私を弱気相場と称した。
いわゆる、株式市場で例えると買いより売りが多く、売りが売りを呼んで買い手が不在のような状況を指す。 売らないとどこまで下がるかわからなくなっている状態である。
彼独特な言い回しなのだ。
しかし、その時点でも私は聞こえなかった。
ある日、採用チームでの会議のあと役員と話し合いが行われた。
役員はこの際なんの考慮も捨て誠意をもって口説きましょうと言った。
最終的には私がY君を口説くのがベストとなった。
実は口説くのが大の苦手であった。
いや、苦手と言うよりもチャレンジしていなかったと言った方が正しいだろう。
そのチャレンジを阻んでいたのが友人の指摘した弱気相場である。
恐れ、傷つきたくない、これらが正体なのだ。
ある領域に踏み込むのに恐れがあるようだ。
それらを感じないために無意識に感情を避けている。
例えば、女性に対しても自分から本気で口説いた経験はない。
軽いノリで一緒に遊んで付き合いに発展したり、向こうから興味を持ってもらったと感じた時に付き合うようなスタンスで、私に対して嫌いの対象にないところからの相手を口説き落とすことなどは、断られたら傷つくのが恐いので無意識に避けていた。
要するにガラスのハートなのだ。
しかし、仕事でしかも最有力候補を何とか我が社に採用したいとなると、そんな子供染みたことを言い訳にしてチャレンジしない自分でいるわけにはいかない。
そう思った私はそれらの感情を持ったまま、純粋な気持ちで誠意を尽くしてY君と面会した。
自分の想いを素直にぶつけ口説いてみせた。
その最中はエネルギッシュに溢れた会話が出来て彼との波長も合った。
人生で初めて口説いた相手が男だったのも変だが、自分なりに納得できた体験に満足だった。
Y君も前向きに返答しますと言ってくれた。
しかし、結果はどうであれ今回のプロセスで発見した事の価値が大きかった。
これからはヘッドハンティングも視野に入れ、この人物だと思った人材をエネルギッシュに口説いていこうと思っている。
アクアライン
週末の午後3時を過ぎると渋滞になる。
木更津方面から東京へ帰る人達の車で溢れている。
天然村へ行く時は必ずアクアラインを利用する。
今日も帰りにしっかりつかまってしまった。
以前はこんなに混雑していなかった。
木更津に出来たアウトレットモールが要因しているのか、トンネルを抜けるまで1時間以上は要する。
晴れの日はバイクで行くのが一番である。
車と車の間を走り抜け、実に爽快な気分で車の群れを後にする。
この前もバイクで六本木から天然村まで1時間で到着した。
帰りも渋滞だったが1時間20分で帰る事ができた。
東京からアクアラインを越えると空気が一変する。
まったく違う世界に入る感じで空気がすごくおいしく感じるのがわかる。
また、景色も田園風景が広がり心が落ち着く。
一方で、逆方向の木更津から東京へ帰る際は、アクアラインの近くから見る風景は、灰色のビル群が不気味に一直線に並んでいる。
本当にまったく違う世界に映る。
実は何年も前にある夢を見たことがある。
車を走らせていたら突然地震がきたと思うと橋が倒壊する。
落下する寸前に止まって助かるのだが、一歩先は断崖絶壁状況で下を見ると何と海だった。
呆然と立ち尽くしついるシーンの同じ夢を何度も体験したことがある。
不思議に思っていたが、何とその風景がアクアラインにそっくりなのだ。
勿論、当時はアクアラインは存在すらしていなかった。
それが未来を予知する正夢だとしたら、頻繁に利用する私が夢のシーンに出くわすこともありうるのか。
そんな回想をしながら渋滞している車中で、果たしてどちらの世界に残るのが良いのか考えてみた。
タイミングが少しズレていたら倒壊した橋の向こう側にいるかも知れない。
それは、田園風景が広がる澄んだ空気の世界で、海の幸や山の幸が豊富でゆったりとした時間が流れる生活である。
手前は遠くから眺めるとよくわかる不気味なビルが立ち並び、便利で何でも手に入る世界だが、人類が歩んできた自然との共生とは真逆の世界。
果たして自分はどちらの世界が馴染むのか。
2つに1つの選択ならば橋の向こう側の世界の方が馴染めるかも知れないと思った。
風呂敷
20年位前に言われた言葉が蘇った。
当時、先輩経営者の自宅におじゃました際、手ぶらだった事に将来もっと大きい人物になりたかったら、この程度の気遣いはマストだよ。
今でもハッキリと覚えているが、まるで実践に至っていない事に直面させられた。
最近色んな場面で近くお付き合いをさせていただいている方にM氏という人物がいる。
M氏は私に遠慮なくビシバシと本音を言ってくれる。
当たっているのだが、言われる方は一瞬頭にくるし自分を全否定されているようで、ちくしょうと言う気持ちも正直湧いてくる。
しかし、この年になりまた立場上言われる事のない私にとっては、大変ありがたいことである。
20年前に言われて以来、このテーマが新たに現れたのは非常に尊い事だと捉えている。
先日もM氏を訪ねる機会があり、そこにはいつも顔見知りのメンバーがいる。
私は例のごとく手ぶらでやってくると、M氏は世間話の合間から言った。
あなたは人に気を配る事をしなさ過ぎる、いい大人なんだから恥ずかしいと思いなさい。
昔はご挨拶で風呂敷に包んだ大切な贈り物を渡す習慣のことを話してくれた。
風呂敷は品物を包むものとして当たり前に存在していた。
それは、相手に対しての気遣いであり、配慮であって現代では風呂敷文化は希薄になっているが、その行為そのものは不変である。
従って、あなたは周りの人にそれをやる必要がある。
今この瞬間からやって御覧なさい!
小っ恥ずかしいやら、悔しいやら、様々な感情を持ちながら新宿伊勢丹まで歩いていた。
歩いている最中に20年前の事を思い出したり、当日参加してきた友人の10周年イベントに花も添えてやらなかった自分を恥じていた。
もはや気がつかないでは済まされない。
気づくようにしていく努力なり、土台を構築して行くしかないようだ。
よく気がつく、気遣いがある、気配り上手、配慮がある、この分野ではまったく素養がないことにあぐらをかいていたようだ。
本来、生まれ持った素養はあるかと思うが、本人の自覚と努力次第で何とかなるようだと感じられた。
我が家の15歳の娘は私より気がつくようだ。
それもサラッとこなす感じで、その辺は母親譲りのところだと思う。
こんな感じに自然に出来てしまう素養がある人もいるが、私のような者は気がつくまで自覚を高めると共に土台をしっかりと築きあげる必要がある。
それまでは、M氏に苦言を呈されながらも、感謝しつつサラッとかっこいい振る舞いができるようになりたい。
ヴィバッサナー瞑想
10年前になる。
初めて参加をしたのが、京都の施設でヴィバッサナー瞑想を体験した。
京都駅から私鉄に乗り換えて降りた駅には、黒人女性から白人の人々が目についた。
今でも強い印象に残っている。
海外から体験しに訪れるほど貴重なものかと、当時はワクワクして初日を迎えたような思い出がある。
このコースは10日間ずっーと1人で瞑想しているだけなのだ。
しかも、早朝4時から夜9時まで座りっぱなしで、誰とも話しはしてはいけないし、おまけに誰とも目を合わせてもいけない、自分とのみ向き合う時間を10日間過ごすのだ。
そして、外部からの連絡や通信も閉ざされる。
本当に緊急時に限りそれは許されるが、コースの最中に起こることは滅多にないようだ。
私の場合は、仕事で連絡があったが、取り次いでもらえなかった事があった。
その程度では駄目らしい。
しかし、仕事に戻るとお客さんはカンカンに怒っていた。
事情を話すも理解を得られるどころか、かえって火に油を注ぐことになった。
よく考えれば当たり前の事だが、当時の私は誠意を尽くして説明したつもりだったが、一般的には理解を得られる領域ではない。
だからと言って決して怪しい団体でもなければ、オカルトチックなものでもない。
誰か指導者がいるわけでもなく、料金も任意により人様々な金額としている。
インドで例えるとセバと言うボランティアの人々のサポートなくしては成り立たない運営とされている。
私の経験では、呼吸に合わせて身体の感覚を覚識していくプロセスになる。
要するに身体の感覚のみを感じる瞑想なので、無になるとか座禅のような足が痺れるとかではないのだ。
ただただ、毎日自らの身体の感覚を感じる。
そうすると、何日目だろうか、変化が出始めた。
うろ覚えだが、昔感じた身体の感覚が再現されて、それが解消されるようなセンスだ。
それは、精神的な面と肉体的な面の両方をカバーするようだ。
今回は8月のお盆休みを利用して新しく新設された千葉県で参加する。
10日間は長く感じられるが、新たな境地を巡る旅に出るようなワクワク感がある。
私の友人に話をしたが、自分には縁遠いことだし、やりたくもないと一蹴されてしまった。
一般的には馴染みがなさそうである。
最近のトピックス
AKB総選挙を見て不覚にも涙してしまった。
たかみなのスピーチに感動した。
彼女のもってる人間力に魅了されてしまったのだ。
そして、総監督としての資質もさることながら、AKBに投票した人以外の私のような一般人にも、この総選挙イベントを大変意義あるものにアップデートしたように思った。
一方で、一位になった指原は賛否が分かれるようだ。
キャバクラの女の子は仕事を辞めたくなったと言っていた。
価値観や基準にギャップがあり、ショックを受けているのは女子に多いのかも知れない。
しかし、この総選挙イベントは益々世間の感心を集めて行くだろう。
話はがらっと変わるが、最近はすっかり1日一食が定着してきた。
しかも一回の食事の量も減っている。
私の顔を見る人達は痩せ過ぎてるとも言う。
本来は、ダイエット目的での減量ではなかった。
花粉症を解消する為に食べ過ぎてる習慣をシフトすることにあったのだ。
おかげで、花粉症は治ったが、食べる楽しみは大分減ってしまったようだ。
つまらない奴になってしまったのだ。
そこで、徐々に食べる量を増やしていこうと思っている。
朝食に玄米と味噌汁を食べて、あとは夜に好きなものを食べようと思う。
キックボクシングやバイクを乗っていると体力を要するので、雑穀料理だけで1日一食だとフラフラになってしまう。
また、社交ダンスも意外と体力を要する。
先日に急遽、社交ダンスの発表会に参加するように要請があった。
ビックリ仰天してしまったが、cha-cha-cháを担当する場面での起用になったのだ。
音楽に合わせてステップしながら、相手の女性をリードしなくてはならない。
今回の曲はシャ乱Qのズルい女をテーマにしている。
従って、女性陣は悪女の設定になっているので、男性一人の私は悪女にふんする彼女らに囲まれながらの演技になる。
何とも言えない心境である。
当日まで約一ヶ月になってから知らされてもという思いがあったが、切り替えて練習するしか道はなさそうである。
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