社長ブログカテゴリー記事の一覧です
終わりの始まり
終わりの始まり。
よくカップルを例えて表現する言葉だ。
破局に向かって進み始めた時のことである。
2014年を翻ってみると、政治や金融は顕著にその傾向を読み取れる場面があった。
また、経済にしても劇的に進化するテクノロジーは既存の仕組みを破壊し始めた一方で、大量生産による不特定多数へのお客様に販売することも、もはや破局シナリオの潮流にのっている。
やはり、特定少数または、特定多数のお客様に対してクオリティを高めていく企業以外は終わりの始まりのように思える。
当社でも特定多数、特定少数への商品のラインナップを揃えているが、これらをアップデートする事が急務になっている。
既に賞味期限切れになっている商品やサービスもあるからだ。
アップデートするサイクルは益々短期的になっていくだろう。
スマホ市場ではアプリがアップデートするスピードは言わずもがなである。
まわりを見てみても、セブンイレブンのコーヒーなども私は毎日のように買っているが、あの仕組みで始めてから一年でアップデートしているし、今度はドーナツを商品化したり、ATMや宅急便などのコンテンツも充実させながら、常にアップデートしている。
それは、あらゆる業界に於いて言えるだろう。
一方で、全くアップデートしていないからこそ価値を見出す商品もある。
これは特定少数のお客を対象にしている。
クラッシックカーなどは典型的で、供給も当然少ないマーケットなので、希少価値として特定の少数に限られるが、ここまでの領域になると、もはや変化とは全く無縁な存在としてあり続けるだろう。
また、飲食店などはナショナルチェーンやファーストフード店などを除く、個人店は秘伝のダシやタレなど一種独特の伝統文化があって、それはそれで非常に大切な個性で、特定少数のお客を魅了しているのだ。
私は中華料理が好物なのだが、ホテルの中にあるような高級素材を用いた店よりも、コスパを重視する方なので、個人レベルの中華料理店を見つけて食べに行く。
そして、よく調理場を観察している。
強火の中華鍋に数種類のスパイスを独特の感覚でお玉から投じられ、スープ鍋からスープをしゃくり出して具材と混ぜる鍋さばきを見るのがとてつもなく大好きなのだ。
ある時、あまりに私が注目しているので、此れ見よがしに鍋さばきを大げさにやっていた時は、料理人冥利に尽きると思ったに違いない。
私も一度調理場であのように振舞ってみたいと思うことすらある。
繁盛している店は非常にコスパが高い。
また、アップデートとは無縁な昔から変わらないメニューで、その味に根強い私のようなファンが特定少数控えているのだ。
しかし、特定多数を対象に事業展開するとなれば、アップデートは必須でお客を飽きさせないばかりか、クオリティを追求した商品やサービスを提供する以外に終わりの始まりの破局シナリオから脱する方法はないと見るべきである。
2015年の最大のテーマになる。
インプラント手術
初診から半年後にようやくインプラントの手術となった。
歯茎を裂いてドリルで骨を削り穴をあけて、そこにネジを入れてから上部に人口の歯を取付けるのだ。
当然、麻酔はするが術後の痛みはそれなりに覚悟していた。
あの時の痛みに比べたら、どんな手術後の痛みも耐えられると思った。
痔の手術である。
あの痛みは想像を絶するもので、二度とゴメンである。
今回は左下部に二本インプラントを埋め込む。
そこの歯茎に麻酔を数カ所刺すのだが、この時の針が刺さる痛みと次第に感覚がなくなっていく感じが嫌な場面だった。
後は、ドリルの音が聞こえて骨に穴をあけていようが、歯茎を裂いていようが、麻酔が効いているので何ともない。
そして、術後の麻酔が切れた後の痛みは覚悟していたよりも楽であった。
しかし、骨を砕いているのに痛みが少ないのは何故か不思議だった。
翌日にはほとんど痛みは消えていたのだ。
当日の夜にクリニックから連絡があり、術後の経過を気遣う電話をいただいた。
簡単なようで、なかなか出来ないフォローに感激した。
それだけ患者目線の立場で仕事に取り組んでいるのだ。
スタッフも女性が多く院内も明るく活気があり、患者も子供や女性が多いようだ。
持ち場持ち場の役割分担が明確で、みんなイキイキと仕事をしている姿は見ていて気持ちがいい。
何かこれからの時代にフィットした女性が中心の組織を見ているようだった。
院長の吉野氏も若く勉強好きで、これから益々発展して社会に大きな影響を与える人物になっていくだろう。
患者の立場として感じる素直な感想である。
来週の抜糸が最後になる。
お代もインプラント二本で50万円と相場の半値なのだ。
おまけにカードでの支払いを受付けているのもお客様目線で、クリニックの患者と言うよりも
サービス業としてお客様に対応をしているかのようで、本当に素晴らしいと思った。
主導権
一通のメールが届いた。
テスラモーターの納車担当者からだった。
今年の1月8日に注文を出した時は、クリスマスプレゼントとしてお届けするようですね、冗談半分で担当者は言っていた。
なので、のんびり待っていた。
ところが、メールの内容が年越しするという事だった。
結局、注文してから1年が過ぎるようだ。
おまけに、アップデートしたモデルDが発表された。
注文したモデルSの納車前にニューモデルが発表されるという、何とも皮肉な出来事である。
時代の流れが早いうえに、テクノロジーの目覚しい発展により、自動運転システム及びクリーンエネルギーが主流になり、1年ひと昔前になっている感じだ。
そこで、私は立場を逆に考えてみた。
私がテスラ社の立場になってみた。
価格と納期に関しては完全に主導権を握っている。
品質とオペレーションに自信を持っているため、待ってくれるお客様が必然性になる。
いわゆる営業マンが不在なので、値引き交渉もなければ、納車期日に関してもとやかく言うお客もいない、連絡はメールでのやり取りが主流で、かけるコストの対象が合理的である。
やはり、品質の良い商品とオペレーションシステムが決定的な競争力に違いをつくるようだ。
不動産で考えてみるとどうだろうか。
先日、物件を購入しようと思い現地を訪れた。
不動産会社から紹介を受けた際には、翌日に案内が数件あり非常に引き合いの強い物件と言うアナウンスをいただいた。
現地を視察した感じだと立地、価格は申し分ない。
しかし、引き合いが強い案件だと言うのが気がかりだった。
引き合いが多いと言う事は、よく知られている物件で競争力がある為に、こちら主導で交渉がしにくい案件という事になる。
すなわち、物件仕入れに関して最も重要視しているのが、あまり知られていない物件情報だ。
もし、同じ物件だとしても価格については下限の情報が自分だけに限られた提示だったり、他人から見たら条件の悪い物件で引き合いの少ない物件情報に価値を置いている。
テスラ社とは単純に比較にならないが、主導権を握って仕事を完了させる点については、不動産ビジネスも同じと言えるだろう。
フィリピンの旅
今回の目的は次男に会うため妻と次女を連れてフィリピンへ向かう予定になっていた。
次男は8ヶ月前に片道切符でフィリピン入りした。
その後、英語留学の学校で働いている。
親からの援助はまったくない為、自らの力で生き抜くしか道はない。
私はあえて彼を崖っぷちに追い込んだ。
彼がどんな環境でどのように生活しているのか、それを見定めに8ヶ月ぶりに彼と対面する事になる。
妻も再開を楽しみにしていたし、次女も引きこもって以来、外の世界に触れる貴重な体験になるはずであった。
ところが、羽田空港で手荷物を預ける為にパスポートを渡した時だった。
何と妻の有効期限が残り3ヶ月になっていた為、今回のフライトは諦めるしかない事が発覚したのだ。
フィリピンの場合、残存期間が6ヶ月必要で現地へ行く事は可能だが、向こうで入国が叶わない以上、困難な事になる。
妻の落胆する様子から何とかしたいが、どうしようもない事なので、仕方なくキャンセルになってしまった。
次女と私は大丈夫なのだが、2人で行く事はないと思っていたが、次女にそれとなく声をかけるも呆気なく期待通りの回答だった。
結局、私一人で出発する事になった。
出発するまでの時間、3人で食事をする事にした。
すると、一人の男が声をかけてきた。
何と、知り合いで仕事関係のS氏だった。
羽田空港内のレストランでバッタリ会う偶然に驚いた。
どこに行くのか聞くとフィリピンだという。
更に同じ便だと言うのが解り、ビックリ仰天してしまった。
出発の時間が迫ってきたので、妻と次女はそのままトンボ帰りし、私は飛行機に乗り込んだ。
すると、またまた驚くべき事実が明らかになる。
何と、S氏と私の席が隣になっているのだ。
100人以上の大型機なので凄い確率である。
こんなに偶然が重なるかと、2人で顔を見合わせながら大笑いをしてしまった。
次男のいる場所はマニラから車で3時間程かかった。
再開した時は、何とも言えない感情があった。
嬉しさもあるが、ヒィリピンの田舎で環境は日本と比べようのない不便で貧困の人達が集まるエリアで、よくぞ16歳で単身乗り込み異国の地でやっているなと言う、親としての感情が強くあった。
本人と話すと六本木のミッドタウンの生活に比べると、天国と地獄のようだと苦笑いしていた。
しかし、彼は大人になっていた。
昔の中途半端な悪ガキから立派な人間に成長していた。
そして、以前は壁に直面すると逃げる癖があり、それを繰り返す場面から抜け出せずにいた。
しかし、今は逃げる事なく考えて責任をとるようになっているそうだ。
物事から正面に向かい一つの壁を乗り越えた印象で、本当にたくましく成長している姿だった。
また、現地にキャバクラがあり、女の子をお持ち帰りするなど、既に16歳にして大人の遊びまで体験していた。
英語はペラペラになっていて、彼が授業を受け持つまでになっていた。
やはり、学長のマンツーマンスパルタ教育の賜物だろう。
私からも感謝の意をお伝えした。
約3時間の再開だった。
本来は親子水入らずの時間を過ごしたかったが、彼の仕事の持ち場もあり、次回ゆっくり妻と来て過ごしたいと思う。
次男の素晴らしい成長ぶりを見て、フィリピンに行かせて本当に良かったと思った。
姉妹
こうも性格の違いが如実に表れるものかと驚いている。
我が家の姉妹は仲は良いのだが、性格は真っ二つに分かれる。
長女がアナログかつ現実現場なのに対して、次女はデジタルの仮想現実の世界に生きている。
二人に共通しているのがイケメン好きである。
しかし、現実現場の長女は取っ替え引っ換え、男を自宅に連れてくる。
まぁ、呆れる位に色んなやつを連れてくるのだ。
何組か一緒に酒を飲んだ時もあったが、長続きせずに次に家に連れてくるやつが別人になっている。
ある日、違う男を連れて来たので、「また違う男を連れて来たな」と二人の前で言ってやったのだ。
長女が苦虫を噛み潰したような顔を見せたのは言うまでもないだろう。
おしなべて背が高くイケメン風なやつが多いので、どっちが遊ばれているのか、遊んでいるのか検討がつかない。
ある情報筋からホストだとの情報もあるくらいだ。
本当にアクティブである。
一方で次女はSNSのツイキャスを駆使して、仮想現実の世界でイケメンと遊んでいる。
当然、自宅に男を連れてくるようなリアルな現実はない。
朝から夜中までスマホを手放さない、典型的なスマホ依存性になっている。
つまり、現実現場がないのでリアルな体験をしていないのが、私としては非常に気になっている。
二人を比較すると外面が良く積極的な印象を与える長女に対し、外面は悪く消極的な印象を与える次女も自宅ではスマホを片手にガンガンやっている。
先日、仕事でこんな話を聞いた。
IT企業の経営者で優秀なT氏はボランティアチームのリーダーをしている。
3:11の震災の翌日には福島入りしていたそうだ。
まずは役所に行き担当課で震災後の実行部隊の編成にあたり、役所の役割を明確にすることを説いてまわり、それから現場で自ら作業に励む傍ら、炊き出しや物資の搬入のリーダーシップを発揮している。
ボランティアが現場で食事をすることが出来ないため、コンビニで食糧の調達をしに出かけるそうだ。
しかし、棚にはほとんど商品がなくなっている中、並んでいた小学生の女の子がビスケットを手にしレジの前に立った時である、女の子は商品を買うためのお金を募金箱に入れ、手にしていたビスケットを棚に返してコンビニを後にする姿を目撃したと言う。
何とも美しい、人として魂レベルの高い尊い話である。
聞きながらも涙する感動的な話をT氏から伺った。
究極的な場面に直面した時に自分の事より、他人の事を優先して行動出来る人間が何人いるだろうか。
我が家の子供たちにも魂レベルの高い人としての成長を願う。
買ったら売らない
買ったら売らない、これは原則だよ。
先日、不動産賃貸業の大先輩から聞いた言葉だ。
ポイントは減価償却にある。
この先輩は減価償却は国の助成金だと断言するのだ。
つまり、せっかく減価償却をしたのに、売ってしまったら売却益が出てしまい、
元の木阿弥になってしまう、実にシンプルな話だ。
先輩はこんな事も助言してくれた。
このモデルケースとして賃貸収入を目的とする、アパートやマンションがあるが、新築を買ったり、土地を買って建物を新築するやつは馬鹿だと言い切る。
減価償却期間が長いため、償却メリットが薄いのだ。
買うなら中古で古い建物付きを狙い、短期間の償却が取れる物件に目をつけている。
しかも、買ったら売らない。
ずっと持ち続ける事が肝要になる。
私も最近つくづく感じる事で、賃貸業はキャシュフローが絶対的に重要になってくる。
せっかく稼いだ賃貸収入も利益が出た分は税金が発生する。
おまけに、所有しているだけで固定資産税、金利、修繕費がかかる。
ふたを開けてみたら、手元にキャッシュが残らない、しかも入居率が低下すればマイナスに転じるため、追銭が発生してしまう構造になっている。
究極の賃貸業はトランクルームだと確信している。
私どもで実際に十数年やってみて、キャッシュが残って行くのが実感している。
しかも、土地を所有することなく、借りて運営出来るので利回りが圧倒的に高く、減価償却が短期間で償却出来るメリットが合わさり、キャッシュを稼ぐエンジンの役割を担っている。
中には土地を買って運営しているケースもあるが、気がつけば買ってからは売っていない。
私自身、不動産だけでなく無意識で買ったら売らないようだ。
例えば、車とか、バイクなども買ったら売らないでいる。
何だか買ったら売ると損をするような感覚があるからだろう。
一時的には儲かったり、お金になって何かの種銭になるようだが、持っている方が安心していられる性分なのだろう。
何かの有事があったり、どうしても資金が必要な時になって、それらが担保されている奥の手として、最悪のケースでの一手が打てるという強みがあるからだ。
買ったら売らないでキャッシュフローがあると、そのキャッシュで買い増しが出来る。
するとまたキャッシュを生み出す、これを繰り返すと毎月振り込まれてくるキャッシュが雪だるまのようにだんだん大きくなってくる。
このサイクルを積み上げていく、これがちょっとやそっとで潰れない会社にするための最善な方法だと思っている。
しかし、これからはオペレーションシステムを制する者が、市場を制する時代に入ったようである。
ラリー日本を振り返る
上賀茂神社境内のゴールには多くのクラッシックカーが集結していた。
福岡を出発して4日間、京都の終着点に何とかゴールする事が出来た。
車にさほど興味もない私が何故ゆえに参加したのか、それを今回のラリーで再認識する事が出来た。
ラリーと言っても、スピードを競うわけでもない。
太宰府天満宮や出雲大社、上賀茂神社など、世界遺産の由緒ある場所をクラッシックカー約80台で巡る、ツーリングのような趣きのレースなのだ。
レースの主催者である一般財団法人の理事長であるK氏に友人を介して初めて会った時のことである。
彼が本場のヨーロッパでクラッシックカーのレースに参加した際に、外国の人々が日本を詳しく語るのを聞いて衝撃を受けた、自分よりも日本の素晴らしさを知っているのは、日本人である自分を恥じる思いがあり、もっと日本の素晴らしさを知るべく、単身で日本の由緒ある各神社に飛び込み、神主にラリーの企画とビジョンをプレゼンして回り、神社の境内にクラッシックカーを乗り入れる事を実現させたのだ。
そして、世界遺産の神社をはじめ、その周辺やその地方の名所を巡り、地域の自治体との連携により各地がイベントにする事で、地域にお金が落ちて人々が集い活気づき、日本を元気にするという、ミッションがあるのだ。
この『日本を元気にする』ミッションを聞いた時、私が目指す夢と重なり、天然村を創る事を決めた時の想いと共鳴したのだ。
また、K氏が直接神社の神主に交渉するなど、彼の発想と実行力、熱意が常人と違うものを感じた事もあって、昨年からラリー日本に参加をした。
今回の福岡から山口県に入る関門海峡や、広島の厳島神社、京都の楽々荘など、私自身も初めて行った場所であり、日本の歴史や文化に触れる事の出来る貴重な体験を得るに至った。
そして、各地域との連携イベントがある事で、たんなるクラッシックカーのツーリング
で終わることのない、大変意義深い地域活性化の一つの取り組みになっている。
参加者のエントラントにしても、このようなクラッシックカーの趣味に乗じたイベントにより、自ら行く機会がほとんどない日常において、そのきっかけを与えてくれているのが、このラリー日本だとの声もある。
全くもってクラッシックカーに興味がなかった私は、エントラントの諸先輩の話を聞いているうちにその価値を知る事が出来た。
彼らは部品のネジ一つを世界中から探して回る旅をして、何度も訪ねるがそのネジになかなか出会う事がない中で、何とか探し出す事が出来た時の感動は何事にも変えられぬ達成感に浸るという。
車に対する想いや姿勢は、もはやオタクの域を超え、変態と感じてしまうのは私だけだろうか。
何かの趣味を通じたイベントで地域活性化の切り口にする。
これは、天然村を発展させる過程では必須になるだろう。
ラリー日本参戦 福岡-京都
今年でラリー日本参戦は二回目となる。
昨年は台湾で参加したが、国内では新しく車を購入しての初参加となった。
車はポルシェ911Sナロー、1969年式2000ccをこの日の為に調達した。
福岡から出発し京都までを4日間通して行われるイベントである。
初日は福岡の太宰府天満宮を出発点とし、広島まで約400キロの道のりを友人と2人交代で運転した。
コースは主催者が地域の魅力を感じてもらうべく、あえて高速道路よりも一般道を多く走るような設定になっている。
北九州から山口県までの里山の風景は、洗練された田舎の魅力を感じた。
野焼きした煙があちこちで立ち上がり、これが里山の風景と絶妙なコントラストになっている。
これは天然村付近でも見る事の出来ない、自然と人々が協調して創り出した素晴らしい田舎の風景だった。
2日目は広島から島根の出雲大社を経由して、鳥取県に入ったが気温が低い地域でスキー場があちこちに点在していた。
この時点で800キロを超えていたが、ポルシェは順調に走り続けていた。
しかし、3日目の神戸に向かう途中でアクシデントが突然起きたのだ。
山陽高速道路を走っていたら、突然アクセルが効かなくなり減速しはじめた。
まるで、ガス欠を起こしたような現象だった。
路肩に車を寄せて再びエンジンをかけるも全く駄目で、一台取り残された格好になってしまった。
早速、ラリーの洗礼を浴びてしまいクラッシックカーならではの苦い体験をしている。
ラリーのロードサービスに連絡したが、あちこちで故障や事故で対応しきれないと言う。
雨の影響もあるようだが、ここは焦っても仕方がないと諦め専属のメカニックに連絡して状況を説明した。
メカニックは先の休憩地点まで進んでいたので、戻ってきてもらい高速道路上で修理にあたってもらった。
原因は電気系統の部品が駄目になってしまったとの事。
この時点で途中リタイアが決定的となった。
まずは、神戸のホテルまでロードサービスで運び、そこで部品を調達して現地でメカニックによる修理を試みるつもりである。
だか、ここで修理困難な場合はゴールすること叶わず、棄権をしなくてはならなくなる。
今このブログをロードサービスで神戸まで向かう車中で書いているが、果たしてどんな結果が待ち受けてるかわからないが、クラッシックの社交の場で知り合いになった先輩方の話を聞く限りでは、この世界はまだまだ奥が深いようである。
すごい歯医者
歯医者に通いはじめて二ヶ月が過ぎた。
インプラントを念頭に治療を開始した。
様々な歯医者に通ったあげく、どこにしたら良いのか迷っていたが、天然村村長の伝手で田端にある「吉野デンタルクリニック」の紹介を受けた。
村長の前職が歯科技工士の営業マンだったので、インプラントで間違いない歯科医師をと言う事での経緯であった。
初診の時、クリニックに入った瞬間それが伝わってきた。
歯医者とは思えない熱気があり、患者さんが溢れていてスタッフの方々が所狭しと動き回っていた。
田端駅からすぐ近くのビル二階にあるが、クリニックの広さはそれ程大きくないが、スタッフの人数が多く、明るくしっかりとした接客をしていた。
まるで、サービス業と間違える程の感じの良い印象を受けた。
クリニック独特の冷めた感じの空間とは違い、田端という土地柄に近い下町のお医者さんのような暖かい空間である。
おまけに、患者さんとスタッフの熱気が溢れていて、つかの間の休息などは全くない雰囲気に包まれていた。
大繁盛のクリニックというのも可笑しな表現だが、もっとハッキリ言うと、シコタマ儲かっているクリニックである。
それは、患者さんには超がつく程の親切丁寧な接客に加え、絶大なる信頼を得ているのだから、大繁盛になって当然の結果を得ているのだ。
トップの吉野先生との会話から感じた事は成功の要素である、勉強好き、プラス発想、素直、この三大要素が全て備わっていた。
特に勉強好きは目を見張るものがあり、インプラントで有名な医師が揃っている九州へ単身乗り込んでの研修や、新しい医療機器やシステムの導入など、常に新しい情報を先取りする姿勢と実行力がある人物なのだ。
私は直ぐにでもインプラントの手術を望んでいたが、彼はむしろインプラントありきではなく、幾つかの選択があり、インプラントをやるとしてもそれまでに様々な治療を経て、計画的にやる必要性を丁寧に説明してくれた。
それもすごく熱意を込めて、まるで歯医者になるために産まれてきたような御仁である。
そんな彼もインプラントの権威ある立場となり、全国から彼の話しを聞きにくるまでになっていると言う。
いや、マクロで捉えると一般の企業にも通づる、成功のエキスがふんだんに溢れているので、異業種の企業も勉強になると思う。
やはり、熱意を持って自分の使命を全うしている人物は輝いて見える。
私もようやく手術の日程が確定した。
初診から四ヶ月の12月になる。
絶大なる信頼を経てからのインプラント手術は、全く不安がない状態で望める。
変な家族
長男が南アフリカの旅に出て4ヶ月が経つ。
向こうで20歳の誕生日を過ごし、黒人に恐喝されて手持ち現金と携帯電話を奪われてからは、PCからFacebookでのやり取りが、唯一彼とコミニケーションを取る手段となった。
ケープタウンの日本食レストランで住込みとして働きながら過ごしているが、直面している問題についてのメールがあった。
それは、端的に言うと資金とビザの問題だった。
南アフリカでは、一年に三ヶ月までしかビザを出さないらしい。
なので、越境を繰り返しても延べ滞在期間として通算される為、残りが16日になってしまったと言う。
結局、越境を繰り返せば定職につくこと叶わず、金もかかるし稼ぎも出来ない状態になる。
そんな状況で、このままでは不法滞在になるし、2年間の片道切符で来たように、ここでおいそれと日本にも戻る訳にも行かず、どうしたらいいだろうと訴えて来た。
まさに、王手飛車取り状態になっている。
私は不法滞在を続けて旅をするように助言しようと思ったが、彼の性格からすると難しいだろうと思った。
しかし、資金を提供すれば彼の為にならないし、失敗もいい経験だから、一度日本に帰って次を考えようと返信した。
そして、失敗の要因が何か検証して、次に活かすようにと付け加えた。
次男だったら、不法滞在でも続行出来る性分だか、長男は慎重かつ繊細なので、帰国するように言ったのだ。
一方で、その次男からもフィリピンよりメールが届いた。
彼は中学を卒業して、現地入りしてから7ヶ月が経つ。
今は英会話スクール「FFIERY」でインターンとして働かせてもらっている。
それが、インターンの友人とタバコを吸っているのが、バレて一人の友人がクビになって学校を出て行ってしまった、俺は何故かクビにならなかったが、学長からはお前が出て行くならそれでもいいと言われてしまったが、どうしたらいいだろうとのメッセージだった。
「お前はそこを絶対に離れるな、学長の温情だと思って、この先は中途半端な事はせずに、学長の役に立つ事を考えて行動しろ、そうすれば必ず道は開ける」
このようなメッセージを伝えた。
まぁ、2人とも海外の生活が続くと色々と問題はあるが、何とか乗り越えてもらいたいものだ。
次女は相変わらずの不登校に加え、妻とはよく会話はするが、私とはすっかりコミニケーションがなくなってしまった。
こちらから話しかけても無視される始末、おまけに同じ空間に居たくないらしく、最近は姿を見なくなってしまった。
長女は相変わらず金欠病で、何かと言うと資金請求がやってくる。
あまりしつこいので、少し頭を冷やせと言ってやった。
こんな感じで子供達はバラバラな生活を送っているのも、よく考えたら変な家族である。
しかし、個性を活かしてそれぞれの道で直面しながら、ハラハラする人生も自らの肥やしとなって未来の人生を切り開く糧となるだろう。
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